JW (エホバの証人)一覧

絶縁

母と話し合いました。
僕は背教者として、もう会いに来ないでくれと言われました。
つらいですが、今はただ、いつか母と弟が目を覚ましてくださるよう主に祈るばかりです。


英語会衆の姉妹に遭遇

帰宅し、駐輪場で自転車を駐めようとすると、ご婦人ふたりに遭遇。
手に聖書と冊子らしきものを持っている。
「いかにもJWぽいな」と思ったら、向こうから声をかけてきた。
「聖書を研究なさっている方ですか?」
僕の方がJWっぽく見えたんでしょうか・・・?(^^;
ブロシュアーのタイトルが英語なのを確認して、「英語会衆の方ですか?」と逆に質問。
「ええ、そうです。これから研究なもので」と姉妹。
僕の住んでいる公団は、外国人が多くお住まいなんですね。
外国語会衆の方々も熱心に伝道されているご様子で・・・
とりあえず今月いっぱいは出張つづきなので、教会にも王国会館にも行く暇がありません。
クリスチャンの方のブログを読ませていただき、聖句から学びをいただいています。


真実の愛と偽りの愛

父は、自分の親から愛を示されずに育ちました。
親から無条件で受け入れてもらえるという経験をしてきませんでした。
そのため、
・自分に対する愛や信頼を保てない
・愛し方が分からない
ようになってしまいました。
父は貧しい家庭を助けようと、小学生のころからアルバイトをしていたそうです。
高校時代には複数のバイトを掛け持ち、それこそ寝る間もないほどだったといいます。
そうして稼いだお金を家に入れることで、父は自分を認めてほしい、と思っていたのだと思います。
しかし、父の期待は裏切られ続けました。
いくら自分が稼いでも、家族のために頑張っても、自分を否定される言葉を浴びせられ続けたのです。
父が自暴自棄になったのも容易に推察できます。
母と結婚した後も、父は全力で仕事をし、家族を養うことで自尊心を保ち、自分を認めてもらおうとしました。
そのため、母と衝突することもたびたびだったといいます。
母は僕にこんな話をしたことがあります。
僕が幼いころに高熱を出し、母は父に病院に連れて行ってほしいといったが聞き入れてもらえず、母は僕を抱いて寒さに震えながら病院に向かった、と。
母にとっては、自分の子の一大事に真っ先に行動してくれるのが親としての当然の愛だと思ったのでしょう。
しかし、父はそんな愛を受けずに育ったのです。
父は仕事をして家族を養うことでしか自分の愛を表せなかったのです。
おそらく、父には納期の迫った仕事があり、どうしても手を離せなかったのでしょう。
そんな父の思いを、母は理解できなかったのでしょう。
母は、自分ひとりで子供を守らなければいけないことに強烈な不安を感じたといいます。
ちょうどそのころ、エホバの証人が伝道に訪れ、母は研究を始めます。
エホバの証人の教えは、母の満たされない思いや不安を払拭するのに十分だったのでしょう。
当初、父は母がエホバの証人と研究するのを認めていたそうです。
ところが、エホバの証人が世俗の仕事を否定することを知り、父は態度を一変させ、猛烈な反対者になります。
当然のことです。父は仕事によって家族への愛を示してきたのです。その仕事を否定されれば、父の存在そのものを否定することに等しかったのです。
しかし、父はのちに研究を始めるようになります。
猛烈な勢いで研究を進めたため、ついに母に追いついてしまったそうです。
そして父と母はバプテスマを受けました。1983年8月のことです。
エホバの証人になった父は転職し、補助開拓奉仕を始めます。
母ものちに正規開拓者になり、夫婦そろって伝道に駆けずり回ります。
僕も小学校入学と同時、1984年4月に伝道者になりました。
傍から見れば熱心な神権家族だったのでしょうが、家庭の中は悲惨でした。
父と母の口論は絶えませんでした。
母は、子育てより伝道に時間を費やし、僕と弟は顧みられない時間が多くなっていきます。
そして両親は僕と弟をエホバの証人の教えにしたがって育てようと必死になり、むちを振るいました。
僕や弟が何をしたいか、何がほしいのか、訴える時間もなければ、両親にはその訴えに耳を傾けるだけの余裕もありませんでした。
ただ、エホバの証人の教えに従うよう強制されるばかりでした。
僕は親の期待にこたえたい、親に従って親に認めてほしいとの思いから、従順な子供でいようとしつづけました。
一方、弟は、親に反発しつづけ、自分のやりたいことを押し通し続けました。
父は奉仕の僕に、そしてのちに長老になり、会衆での仕事量も増えていきます。
世俗の仕事と開拓奉仕と会衆での仕事とに追われる日々が続きます。
父は会衆内で自分の働きを認めてもらえることに、自尊心の充足を感じていたのかもしれません。
一方で母は、会衆内の仕事に没頭して家族を顧みない父を非難しつづけます。
「愛し方を知らない」父は、家族だけでなく会衆内の成員に対しても、押しつけがましくなる傾向が強くなります。
父は会衆内でたびたび摩擦を起こすようになり、ベテランの長老であった主宰監督と対立するようになります。
対立は深刻なものとなり、ついに父は会衆を移ってしまいます。
しかし主宰監督は父の推薦状を書かず、父は移った先の会衆で長老としての任命を受けられませんでした。
父はエホバの証人の組織からも認められず、裏切られたのです。
父の絶望はどれほどのものだっただろうと思います。
そんな父に対し、母は父のやり方が非聖書的であると非難し、父をさらに追い詰めていきました。
ついに父は、会衆からも家族からも離れる決心をします。
断絶を宣言し、母と離婚し、家を出て行きました。
さて、こうして振り返ると、エホバの証人の組織の問題点が浮き彫りになってくると思うのです。
エホバの証人は、集会の出席や伝道への参加、とくに開拓奉仕を行うことが「正しい道」だと説きます。
そうした生活に忙殺され、両親は精神的な余裕を失っていきました。
そして、愛を持って受け入れるのではなく、「非聖書的である」と裁く見方。
正しくないことをしていると、神からも愛されない。
エホバの証人の愛は「条件付きの愛」なのです。
無条件に認められ、愛される経験をしてこなかった父にとって、エホバの証人の「条件付きの愛」がおかしいものだとは思わなかったのかもしれません。
結局、両親は子供に対して、「条件付きの愛」しか示せなくなっていきます。
正しいことをしていれば愛されるが、親への不従順は親からも神からも不興を買い、愛されないことにつながる、という教え。
思春期にはさまざまな葛藤があり、親への反抗を繰り返しながら自我を確立していきます。
しかし、エホバの証人の教えはそういった反抗を自我確立の過程として認めません。
子供は親に反発しながらも、「自分が親に反発するのは悪いことなんだ」と自分を責めるようになります。
子供は自尊心を保つのが難しくなり、精神的に追い詰められていきます。
親も子供も精神的に追い詰められる宗教。
「無条件の愛」ではなく、「条件付きの愛」で絶え間なく追い立てられる宗教。
そんな宗教のどこに、真の愛があるというのでしょうか!
エホバの証人の中に真の愛がないことは明白です。
エホバの証人の組織の中に見られるのは、偽りの愛です。
父が「無条件の愛」を受けることができず、親からも、エホバの証人からも、「条件付きの愛」しか与えられなかったことは、とても不幸なことだったと思うのです。
父が真のキリスト教に出会い、神の恵みと愛によって救われていたなら、父が今ほどに苦しむことはなかっただろうと思えてならないのです。
さて、昨日書いたように、僕は父に対して何ができるのだろうと自問していました。
そうやって自問していることを、父にメールしました。
父から返事が返ってきました。
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件名: 理解だけで充分
愛されたことがない者は愛の示し方を知りません。
なんとか愛を示そうとすると、何かを押しつけてしまい相手を傷つけてしまっていることに気づき、落ち込んで、身動きができなくなってしまいます。
基本の愛は、必要とされていることを実感させることではないでしょうか。
決して本心からではないとはいえ家庭を捨てた父親を、捜して会いに来てくれた!
それで充分です。
もし、言わせてもらえるなら、自分の居場所を大切にしてください。
優しさゆえに親や兄弟のために労力を使い・・・燃え尽きた時、自分の居場所がなくなっている、なんてことがないように・・・。
もう一つ、アダルトチルドレンと同様に、愛を正確に示されていない人は、間違ったことを人生の生き甲斐とする傾向があるようです。
アダルトチルドレンの場合に「共依存」と呼ばれますが、虐待を与えている者を助けるのは自分だけ・・・と、関わりつづけることを生き甲斐にしてしまう・・・つまり依存している場合もあるようです。
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僕も父も、エホバの証人でなくなってはじめて、「無条件の愛」にたどりついたのです。
無条件に受け入れられ、認められ、必要とされること。
そして僕は、神が、変わらずずっと愛し続けてくださっていることに、ただ感謝するのみです。
僕を見捨てられることなく、恵みのもとへ導いてくださったことを思うとき、涙があふれて止まりません。
でもその涙は、決して悲嘆や苦悩の涙ではありません。
神が大きなみ手をもって僕を包んでくださり、救ってくださったことに対する感謝と感動の涙です。
いつか、両親が、真の愛を知り、救われるよう、これからも祈り続けていきます。


「偽りの楽園~エホバの証人だった自衛官の妻の独白~」

exjw2.net blog by Joel-偽りの楽園
http://www009.upp.so-net.ne.jp/jwtc/shoseki.htm
大野キリスト教会( http://oono.kyokai.org/ )にFAXまたはメールにて注文できます。
http://www.life21.jp/html/order.html
姉妹たちが誰しも遭遇しているような経験や葛藤が綴られています。
「家族生活」の本は悪書だ、というくだり(p.72-76)が興味深かったです。
この本を学んでいくうちに、ある種の変化が自分の中に起こっていることに気づきはじめた。
その書物によって、結局、ものみの塔という組織を理想化し、
組織(の人々)に対する信頼が培われていくのである。
ものみの塔の信仰を学んでいない夫は、野暮ったい。
怠惰な男の一人になりさがっていく。
その結果、それまでもっていた夫への尊敬と信頼が崩れ、
愛せなくなってしまったのである。
○○○なところが夫には欠けている、○○○してくれない夫である。
もう少し○○○であってくれればよいのだが・・・。
本を読めば読むほど、夫に対して不平不満が募ってくる。
その書物は、いわば「家庭生活を嫌なもの」にしてしまう本なのだ。
ちなみに、うちは「神権家族」でしたが、それでも「家族生活」の本の通りにはいきませんでしたね。
それは、他の神権家族にしても同じだと思います。。。
しょせん、「家族生活」に描かれているのは机上の空論ですよね。
しかも、奉仕や集会だけでなく家族研究に会衆の仕事と、たくさんの「神権的活動」に追われている兄弟たちも疲れ果てています。
王国会館では温和な夫を演じているかもしれませんが、家庭の中では「怠惰な男」になっちゃうわけです。
未信者の夫を持つ姉妹たちにあこがれられる「夫である兄弟」たちも、そんなに立派なものじゃないってわけで。
収入も最小限ですから将来の備えなどとても蓄えられませんし。
きちんと稼ぎ、家庭を養ってくれる未信者の夫のほうが、よっぽど感謝されてしかるべきだと思いますよ。


「無慈悲な牧者たち-エホバの証人十年間の報告」

無慈悲な牧者たち―エホバの証人十年間の報告(Amazon.co.jp)
exjw2.net blog by Joel-無慈悲な牧者たち
1988年に出版された本です。
けっこう分厚い本なのですが、一気に読み終えてしまいました。
著者のヨージー・ドイオンさんは、1932年オーストリア生まれ。第二次大戦下でカトリック教徒の両親を亡くし、里親のもとを転々とします。のちにスイスへ移り、福音教会に改宗します。
看護婦になるため、彼女はイギリスへ留学しますが、そこで「聖書研究家」の訪問を受けます。のちにそれが「エホバの証人」であることを知るわけです。
様々な疑問に対して無数の聖句から論証され、彼女はエホバの証人が真実の神の民だと確信するようになり、バプテスマを受けます。
スイスに帰国後、彼女は開拓者となり、月々100時間を奉仕にささげるようになります。
後に、会衆の補助監督にも任命されます。そこで彼女は「伝道者カード」を目にします。(現在で言うところの「書記」の仕事ですかね?)
開拓者と会衆の雑務の両立に追われ、彼女は疲れ果て、体調を崩して寝込んでしまいます。
それでも、巡回訪問の際に巡回監督は、病気で休んでいた分の時間を取り戻すよう彼女に言います。
のちに彼女は結婚し、三人の子供に恵まれますが、エホバの証人の組織の中に愛が見られないことをたびたび目にするようになります。
彼女は、「組織が自らエホバであるかのように振る舞い、証人が世界的な輪になって「金の子牛」(出エジプト32:8)の周りを踊っていた」ことを悟るようになり、組織と決別します。
文中、ニュルンベルクでの国際大会や1958年ニューヨークの国際大会に信者たちが動員されたエピソードや、ドイツで強制収容所に抑留されていた姉妹と奉仕したときに聞いた話などが含まれており、とても興味深かったです。
読んでいるうちに、自分が奉仕の僕だったころ、会衆内で区域や雑誌係の仕事をしていたこと、元特別開拓者の姉妹が「燃え尽き症候群」になっていたことなど、思い出しました。
本に書かれている、ドイオンさんの経験は1950年代のものですが、それから40年経っても組織の体制がほとんど変わっていなかった(伝道者は月10時間の奉仕が要求されていたことなど)ことを知りました。
つい最近になって、伝道者も月1時間未満でも報告してよくなったなど、調整が加わったそうですね。
僕の両親はドイオンさんのように「組織の指示に忠実に従わなければならない」と考えるタイプでしたので、集会や奉仕、その他会衆の活動に追われて疲れ果てていました。
その姿は、まさにこの本に描かれている兄弟姉妹たちと同じです。
エホバの証人の組織が、どれほど多くの人々の時間を奪い、心も体も疲れ果てさせてきたか、改めて実感させられました。


第18回カルト救出全国セミナー

いよいよ1週間前になりましたので、再度告知です。
真理のみことば伝道協会主催
第18回カルト救出全国セミナー
2009年2月11日(水)10時―17時
「ものみの塔の終焉か」
◆エホバの証人の組織の中で、今、何が起きているのか
◆肉体的・精神的疲れを訴える現役の信者はなぜ、増加しているのか
◆教会、クリスチャン、被害者家族のすべきことは?
講師:草刈 定雄(神戸キリスト宣教会・JW救出宣教会代表)
   ウィリアム・ウッド(真理のみことば伝道協会代表)
   エホバの証人の元長老、その他
会場:上馬キリスト教会
154-0012 東京都世田谷区駒沢2丁目18-7
(田園都市線「駒沢大学」駅下車、徒歩8分)
・03-3421-9838
費用:3000円
事務局:真理のみことば伝道協会
359-1145 所沢市山口2546-7
・04-2921-2235
http://www.jesuscom.org/helpcult/index.php


「聖書そのものに聖句の意味を決めさせる」

エホバの証人は、「自分たちこそが聖書に忠実である。キリスト教世界は聖書の教えから逸れ、人間の伝統に従っている」と主張しています。
しかし、かつて統治体の一員であり、出版物の執筆もしてきたレイモンド・フランズは、協会の出版物が通説」にとらわれていることを指摘しています。
1988年にものみの塔協会が出版した聖書辞典「聖書に対する洞察」は、1971年にレイモンド・フランズたちが執筆した「聖書理解の助け」にわずかな修正を加えただけのものです。
その「聖書理解の助け」を執筆する過程で悟った点を、レイモンド・フランズはこう述べています。
(「聖書理解の助け」執筆の)仕事を始めたころ、ノア会長が我々に申し渡したことがあり、これが作業の基本路線となった。実は我々はその言葉を誤解していたのだが、これがまさに幸運な誤解だったと言える。ノア会長が言ったのは「単に聖書の言うところを示したいだけであるから、協会の出版物にすべてを捜し求める必要は全然ない」という言葉だった。・・・・・・我々は会長の言葉を曲解し、ものみの塔の出版物が聖書の内容を示すやり方にとらわれず、常に聖書が実際に言っていることを示すように努めねばならないのだと受け取ったのである。その結果、そうでなければできなかったような本ができあがった。(世界各国の支部事務所の者や工場の監督など)250名から送られた原稿の方はほとんど例外なく協会の出版物の「通説」によっていたので、よく調べてみると違いが明らかになってしまうことが多かった
協会副会長のフレッド・フランズは一番の聖書学者として認められていて、私も何度となく質問に行った。すると驚いたことに、聖書の注釈書を見るように言われることが多かった。「アダム・クラークかクックにどう書いてあるか見てみたら」とか、あるいは旧約聖書に関することであれば「ソンチノの注釈を見てみたら」という具合である。
ベテルの図書室にはそういった注釈書が山ほどあった。しかしそういったものは他の宗派の学者によるものなので私はあまり重要だと思っていなかったし、他の仲間たち同様、ためらいや疑いも感じた。・・・・・・
ところが、こういう注釈書の数々を見れば見るほど、聖書が神の霊感によるものだという堅い信念が読み取れることが多く、心を深く打たれるばかりだったのである。18世紀の注釈書でも、書いてあることは極めて値打ちのあることであり、また正確でもあることを見るにつけ、その印象はなおさらだった。何年も経たないうちに「無効」になり、もう出されなくなってしまう自分たちの出版物と比べずにはおれなかった。・・・・・・
どの聖句の意味を考える時でも文脈がいかに重要かがそれまで以上に分かってきたし、またこの聖書辞典作成にあたっていた仲間もそう感じていたようだった。我々はまた、聖書に出てくる言葉の理解にあたっては、ただ単に既存の見方を取り入れたり、国語辞典にとらわれたりせず、ただ聖書そのものに意味を決めさせることの必要性にも気がついた。ベテルの図書室にあるヘブライ語およびギリシャ語辞典、そして英語の訳語ではなく原語に準拠した聖書索引をそれまで以上によく使うようになった。・・・・・・常に文脈に沿い、聖書そのものに聖句の意味を決めさせる必要を素直に認めたのである。ベテルの図書室にある百年も二百年も前の注釈書がなぜ時を経ても値打ちを失わないのかも理解できた。きっちり原文に沿っていく取り組み方をすれば、文脈の意味から離れたり、原文とはかけ離れた視野の狭い解釈をしたりはできないのである。
-「良心の危機」 P.29-31。

良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤/レイモンド・フランズ
¥3,990
Amazon.co.jp

信頼できる聖書解釈はどちらでしょうか。
多くの聖書学者の目に触れてきた注釈書ですか。それとも、「通説」に基づいて書かれたエホバの証人の出版物でしょうか。
エホバの証人がとらわれている「通説」の最たるものが、「エルサレム陥落は西暦前607年だった」というものです。
この西暦前607年を起点とした年代計算により算出される1914年に「終わりの時」が始まった、というのがエホバの証人にとって重要な教理です。
しかし、どの歴史文献を当たっても、エルサレム陥落は西暦前607年ではなく、それより20年前の西暦前587年なのです。
以下の記事をご参照ください。
「エルサレム陥落」 (JWのあとさき
http://blogs.yahoo.co.jp/ageratamu_san/17944120.html
『異邦人の時再考』 - 要旨と抄訳
http://www.jwic.info/gentim_x.htm
1914。ものみの塔の自爆。 (良心の鬼気-必要で入った背教開拓者の葛藤-
http://tokkenn.exblog.jp/8076878/


神戸JW研究会 - 新約聖書と神のみ名

今日、勉強した内容です。
以下はいずれも、ものみの塔協会の出版物からの引用です。


「聖書から論じる」 P.267-268 「聖書」の項
聖書の内容が変わっていないということをどうして確信できますか
「記述の正確さを立証する古代写本の数,また原本が書かれてからそれら正確さを立証している写本が作られるまでに経過した年数という点で,聖書は古典文書[ホメロス,プラトンその他の人々の著作]を決定的に凌駕している。……聖書の場合と比べると,総じて,古典文書の写本はごくわずかである。古代の文書で,聖書ほど写本上の正確さが立証されているものはない」―「聖書―そのはじまりから」(ニューヨーク,1929年),P・マリオン・シムズ,74,76ページ,英文。
1971年に発表された,ある報告によれば,ヘブライ語聖書の全部,もしくは一部の手書き写本は多分,6,000点ほどあり,そのうち最古の写本の年代は西暦前3世紀までさかのぼります。クリスチャン・ギリシャ語聖書について言えば,ギリシャ語の写本はおよそ5,000点ほどあって,その中の最古の写本の年代は西暦2世紀初頭にまでさかのぼります。また,ほかの言語に翻訳された初期の訳本も多数あります。
フレデリック・ケニヨン卿は,自分の編さんした,「チェスター・ビーティー聖書パピルス写本」,全7巻の序文に次のように書きました。「これら[パピルス写本]の調査から得られた最初の,かつ最も重要な結論は,現存する本文が基本的に確実なものであることをそれらが確証しているという,満足のゆくものである。旧約および新約のいずれにおいても,衝撃的もしくは根本的な異読は認められない。重要な意味を持つ語句の削除や挿入はなく,大切な事実や教理に影響を及ぼす異読もない。本文の異読は,語順や細かな言葉遣いといった小さな点に影響を及ぼしている。……しかし,それらの持つ基本的に重要な価値は,これまで利用できた写本よりそれらが古いという事実によって,現存する本文の忠実性を確証していることにある」―(ロンドン,1933年),15ページ。
一部の聖書翻訳が,他のものより,原語で書かれた本文に,より厳密に従っているのは事実です。意訳を中心とする現代の聖書は,時によると原文の意味を変えることさえ行なってきました。中には,自分の信条を訳文に反映させた翻訳者もいました。しかし,このような好ましくない点は様々な聖書翻訳を比較することによって識別できます


「神のみ名」のブロシュアー P.26,27より

み名を復元すべきか

現存する写本にみ名が含まれていないという事実を考慮すると,翻訳者にはみ名を復元する権利があると言えるでしょうか。そうする権利があると言えます。ほとんどのギリシャ語辞典は,聖書中の「主」という語が多くの場合にエホバを指すことを認めています。例えば,ロビンソンの新約聖書希英辞典(A?Greek?and?English?Lexicon?of?the?New?Testament,1859年に印刷)はギリシャ語キュリオス(「主」)の項のもとでその意味を次のように説明しています。「至上者なる主また宇宙の主権者としての神。セプトゥアギンタ[訳]では普通,ヘブライ語????,エホバを表わす」。ですから,クリスチャン・ギリシャ語聖書の筆者たちがそれ以前のヘブライ語聖書から引用している箇所では,ヘブライ語原文に神のみ名の出ている部分のキュリオスという語を「エホバ」と訳す権利が翻訳者にはあります
 (中略)
正当な権威のもとに神のみ名を大胆に復元している翻訳の一つはクリスチャン・ギリシャ語聖書新世界訳です。日本語を初め,現代の11の言語で現在入手できるこの訳は,ヘブライ語聖書中の神のみ名を含む句がギリシャ語聖書に引用されているすべての箇所で神のみ名を復元しています。ギリシャ語聖書のこの翻訳では,確かな根拠に基づいて合計237回み名が出てきます。

み名に対する反対

聖書中に神のみ名を復元しようとする多くの翻訳者の努力にもかかわらず,み名を消し去ろうとする宗教的圧力も常に存在してきました。ユダヤ人は,み名を聖書にとどめてはいましたが,それを発音しようとしませんでした。西暦二,三世紀の背教したクリスチャンたちは,ギリシャ語聖書の写本の写しを作る際にみ名を取り除き,聖書の翻訳を行なった時にもみ名を省いてしまいました。


さて。
「聖書の内容が変わっていないこと」は、エホバの証人の聖書研究においても初期の段階で学びますよね。
「論じる」の本によれば、新約聖書は現存する5000点ほどの写本(最古のものは西暦2世紀初頭、つまり新約聖書が書き終えられた数十年後にさかのぼる)によって本文の忠実性が確証されている、とあります。
フレデリック・ケニヨン卿の言葉が引用されていますが、「重要な意味を持つ語句の削除や挿入はない」とあります。
ところが、「み名」のブロシュアーによれば「西暦2、3世紀の背教したクリスチャンたちが写本の写しからみ名を取り除いた」とあります。
「論じる」の記述と矛盾しますよね。「神のみ名」という「重要な意味を持つ語句の削除」はあったのでしょうか、なかったのでしょうか。
そもそも、「み名が取り除かれた」との記述は、その直前と比較しても矛盾しています。
現存する写本にみ名が含まれていないという事実」を認めているのです。
では、み名はどこから取り除かれたのでしょうか。いいえ、最初からみ名は含まれていないのです。
「み名」のブロシュアーでは、「キュリオスという語を「エホバ」と訳す権利が翻訳者にはあります」と主張していますが、その根拠は何でしょうか。
その権利の裏付けとして引用されているのが、19世紀後半に書かれた希英辞典です。
しかし、み名という「重要な意味を持つ語句の挿入」を認める権威を、写本の比較によってではなく、後世の人間が書いた辞典に求めるのはおかしくないでしょうか?
もともと、み名が含まれていない新約聖書に「エホバ」という語句を237回も挿入するのは、「論じる」にあるとおり「自分の信条を訳文に反映」させていることにならないでしょうか。
実際、様々な聖書翻訳を比較するなら、「エホバ」という語句を挿入している点で新世界訳聖書は「好ましくない点」があることが明らかになっています。
ということは、以下の聖句は新世界訳の翻訳者たちに当てはまるのではないでしょうか。
「わたしは,すべてこの巻き物の預言の言葉を聞く者に証しする。これらのことに付け加える者がいれば,神はこの巻き物に書かれている災厄をその者に加えるであろう。」-啓示22:18。
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エホバの証人の出版物を比較してみると矛盾が出てくる、という一例ですね。
しかも、意図的に「エホバ」を付け足していることが明らかになることによって、「エホバの証人こそが聖書に忠実である」という主張が崩れてきますね。


神権家族

お父さんが未信者のご家庭からしたら羨望の的かもしれませんが、神権家族には神権家族なりの悩みがあるわけで・・・。
神権家族の場合、父の役割はあまりにも多いのです。
家族と一緒に研究、奉仕・・・
会衆の仕事もあるし、長老だと牧羊訪問に出かけたりもするし(時には夜中に呼び出されることも)。
家族を養わなければいけないのに、最低限の時間しか働かないので、まともな給料を稼げません。
しかも、会衆の仕事や牧羊に追われていると「家庭がおろそかになってる!」と妻から不満を言われ・・・
父も大変だったろうと思いますが、子供ながらに「長老の子供なのに、あまり顧みてもらってない」と思ってました。。。
収入が少ないので、子供が独り立ちするときにも援助する余裕などありません。
同年代の若者で、親に援助してもらいながら開拓をしている人たちをみていると、正直言ってうらやましいと思いました。
男はまずは稼がなくちゃ・・・との思いから、マイホームパパにはなれそうもないJoelでした。


割り当てとか講演とか・・・

最近、エホバの証人だったころの記憶がどんどん薄れてきてるなぁ・・・と感じているJoelです。
自然消滅する直前、「即席の話」をしたことがあります。
神権宣教学校の冒頭、監督が「今日、第二の話をされる予定だった兄弟が急遽お休みされました。どなたか代理で話をしていただけますか」と呼びかけたので、つい手を挙げちゃいました。
ノートPCに入れてたWatchtower Libraryで資料を検索して、即席で話を作りました。
どんな話をしたのかも、さっぱり覚えていませんが・・・
演壇に立ったのは、その時がたぶん最後だったと思います。
家から家に伝道するのは苦手でしたが、演壇に立って割り当てをするのは苦じゃないほうでした。
5分(第二・第四の話)から15分(第一の話)、そして45分(公開講演)。
時間が長いほうが、話の流れを自分なりに考えられるのでおもしろいと思っていました。
でも、今から考えると、聖書から話していたのではなく、エホバの証人の出版物に頼って話してたんだろうなぁ・・・と思います。