入会式の証し

今日はイースター礼拝。
そして、入会式がありました。
以下、私の証です。
私はエホバの証人の家庭で育ちました。
5歳のころから聖書を読み、聖書を学んできましたが、エホバの証人だけが真の宗教、真のクリスチャンであると教えられていました。
エホバの証人は聖書を独自に解釈しています。
三位一体を否定し、神様はエホバただひとりであって、イエス・キリストは神ではないと教えています。
また、イエスは十字架ではなく真っ直ぐな杭にかけられた、十字架のルーツは異教なので、十字架を掲げている教会は異教の影響を受けていると教えます。
それで、私にとって十字架は、鳥居やお寺の卍と同じようなイメージ、異教のシンボルだと思っていました。
エホバの証人は、布教活動にたいへん熱心です。
私も、小学校に入学すると同時に伝道者になり、かばんに「ものみの塔」を入れて、家から家を訪ねていました。
そして、小学6年のときにバプテスマを受けました。
将来は宣教者になると心に決めていましたので、先生から大学進学を何度も勧められましたが断り続け、商業高校を卒業した後は、パートの仕事をしながら布教活動中心の生活をしていました。
しかし、エホバの証人の教えは福音とはほど遠いものです。
エホバの証人にとって救いは、ハルマゲドンが来るまでずっとエホバの証人の組織にとどまって、様々な規則を守っていれば得られる「見込み」に過ぎません。
ローマ5:21は「罪が死によって支配するに至ったように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠のいのちを得させるためである」とありますが、エホバの証人が使っている新世界訳聖書では、この箇所が「永遠の命の見込み」となっています。
自分が救われたという確信を持っていないのに布教活動をしなければならず、とてもしんどかったです。
また、父との関係も私にとって大きなストレスでした。
父も祖父から愛されずに育ち、常々「自分はどうやって愛を示せばいいか分からない」と言っているような人でした。
そんな父はエホバの証人の中で「長老」という、会衆における牧師のような立場にありましたが、他の長老との激しく対立し、そのトラブルに私も巻き込まれ、精神的に限界に追い詰められていきました。
20歳のとき、私は実家を離れて京都市内で一人暮らしをはじめましたが、まもなく鬱になって寝込んでしまい、仕事を辞めざるを得なくなりました。
鬱になったのをきっかけに、布教活動に出かけるのもやめ、パートではなく正社員の仕事を探しました。
そのころからエホバの証人としての活動はフェードアウトし、仕事に没頭するようになりました。
ただ、エホバの証人を辞めることは、エホバの証人である家族や仲間との絶縁を意味します。
そのため、正式に脱退することは、当時の私には考えられませんでした。
それから数年経ち、うつもなくなり、バリバリ仕事をこなせるようになりました。
そのころ会社の同僚と結婚しました。
相手の女性はもちろんエホバの証人ではありませんので、母は反対しましたが、反対を押し切って結婚しました。
その後、妻が職場のいじめをきっかけにうつになり、仕事を辞めたあとは完全に家に引きこもってしまうようになりました。
そのころ、私も当時の仕事が多忙を極め、過労からうつが再発してしまいました。
自分も妻も精神的にボロボロになり、誰かに相談したいと思いましたが、反対を押し切って結婚した以上、親に相談することもできません。
そこでふと、「教会に行ってみよう」と思い立ちました。
十字架に対する心理的な抵抗はありましたし、エホバの証人が教えていることはおかしいというのは漠然と感じていましたが、具体的にどこが間違っているのか、本当の福音とは何か、当時の私は全く分かっていませんでした。
そこで、インターネットで検索し、実家の近くにある宇治バプテスト教会を訪ねました。
牧師ご夫妻との対話を通して、またそのころ購入したウィリアム・ウッド先生の「エホバの証人の教えと聖書の教え」といった本を読むことによって、ほんとうの神様はどんな方でいらっしゃるのかを理解するようになりました。
神様に受け入れられる人間になろうと努力しなくても、ありのままで神の胸に飛び込んでいけばよい。
そうして神の愛に触れた結果、愛の人に生まれ変わることができる。自分をありのままで受け入れるように、人を受け入れることができる、と教えられ、「聖書はそんなことを教えていたのか!」という驚きの連続でした。
自分が今までいかに恵みから遠く離れたところにいたのかを知り、インマヌエル「神われらと共にあり」と心から言えるようになりました。
2009年6月21日、須磨海岸で洗礼を受けました。
しかし、その後も試練の連続でした。
私自身、うつから回復するためにしばらく休養が必要な状態でしたが、妻の病状は深刻でした。
もうひとつ、とてもつらかったことは、共に祈れないことでした。
妻は創価学会の家庭で育ち、ご本尊を信仰していました。
結婚する当時は、お互い宗教とは距離を置いて生活していましたので、衝突を避けていましたが、私も妻も限界に追い詰められたとき、私はクリスチャンとして神に祈り、妻はお題目を唱え、宗教の違いが大きな壁になりました。
何度も話し合った結果、このままでは共倒れになってしまう、お互いの回復のために、また、お互いの信仰を尊重するために、離婚に至りました。
妻は実家に戻りましたが、私は実家に戻れませんでした。
実家に戻れば、またエホバの証人に戻ってこいとの圧力をかけられます。信仰を守るために、わたしはエホバの証人から正式に脱退し、ひとり暮らしを始めました。
親とは絶縁状態になりましたが、詩編27:10にあるとおり、「私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。 」という言葉を実感しています。
主は私に、たくさんの恵みを注いでくださいました。
ローマ5:3,4にある、「それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。」という言葉に、心からアーメンと言えるようになったことは、本当に感謝です。
子供のころ、将来は宣教者になろうと決めていました。
マタイ12:20の「いためられた葦を折ることがなく、煙っている灯心を消すこともない」という言葉は、私に対する召しだと思っています。
主のみこころであれば、いつか宣教師としてお用いいただければと思っています。
そして、エホバの証人や統一教会をはじめとするカルトで傷ついた人が福音によって癒されるお手伝いができればと思っています。

コメント

  1. 晴れるや より:

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    ハレルヤ!
    これからの導きを祈っています。
    わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。
    ヨシュア1:9

  2. Joel より:

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    >晴れるやさん
    ありがとうございます!

  3. アコ より:

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    とても感慨深く読ませていただきました。
    子どものこと(まだいないですが)
    夫婦間のこと(今のところスタンスは似ています)
    Joelさんは本当にいろいろなことを経験し、乗り越えてらしたのですね。
    きっとまた読ませていただくと思います。心に響きますから…
    今後とも未熟者の私ですがよろしくお願いいたします。