父への怒り

子供のころ受け続けた虐待の傷は、なかなか癒えない。
父にどなられ、殴られ、絶え間なく精神的に追い詰められたトラウマは、そう簡単に消えない。
父が母や弟を捨てて家を出て行き、別の女と一緒になったとき、父への憎悪は頂点に達した。
でも、怒りや憎しみは周囲の人々を傷つけ、自らを蝕んでいく。
僕自身、怒りに振り回されて生きることに疲れた。
自分も結婚し、少しは父に感情移入できるようにもなった。
7年間、音信不通だった父と再会した。
還暦が近づいた父は、すっかり老いぼれていた。
哀れでさえあった。
そんな父が、自らの非業を悔いることなく未だに被害者面していることに、怒りを通り越してあきれ果ててしまった。
父の改心を期待した僕がバカだったと思い知らされた。
父のことは神にゆだねようと心に決めた。
父への尊敬を失ったわけじゃない。
父らしくしてほしいという期待もある。
期待するからこそ、父親としての責任から逃げ続ける父に対する怒りを覚える。
でも、かたくなな心が砕かれるのは簡単なことじゃない。
父が変わろうとしない限り、あるいは神のみ手が父に及ばない限り、父は変わらないだろう。
だから、父への怒りがこみ上げるたびに、僕は祈る。
「神よ、父のことはあなたにゆだねます。僕が善をもって悪に打ち勝てるよう、僕に力を与えてください」

コメント

  1. ちゅらら より:

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    エホバが祈りを聞かれますように。

  2. Joel より:

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    >ちゅららさん
    JWの「エホバ」神に祈りたいとは思いません。
    父を追い詰めたのは、JWの組織です。
    でも、私の信じる神は、私をお見捨てにならなかったように、父をも顧みてくださると信じています。