父と母

「JW2世」といっても、いろんな2世がいます。
母はJWだけど、父は未信者のパターンが多いですね。
その父も、反対者の場合と理解者の場合。
一方、両親ともにJW(いわゆる「神権家族」)の場合。
いずれの場合にせよ、両親の夫婦関係や、子供に対する接し方が、2世の心に大きな影響を与えるように思います。
僕の場合、父が反対者だった時代 → 両親共にバプテスマ → 父が長老になるも、会衆内でトラブルを多発させ母が苦悩・・・というプロセスを経てきました。
6歳まで一人っ子だった僕は、母親べったりでした。
母は沖縄出身で、中学卒業と共にパスポートを持って内地へ。
全寮制の定時制高校に入り、昼間は働き、夜は仕事をしていました。
そんな母は標準語を話していたため、僕が話すのも標準語。よく友達に「おまえは関東の子か?」と言われたものですw
次男が小さいころからバリバリの関西弁を話していた影響を受けて、母や僕まで関西弁に染まっていくのですが・・・w
母から、小さいころの話をよく聞かされていたおかげで、一度も行ったことがない沖縄に対して強い愛着を抱くようになりました。
また、戦争や平和について強く意識するようになったのも、母の影響が強いような気がします。
母の兄姉が、対馬丸に乗って亡くなった話。
母方の祖父が、不発弾が暴発して亡くなった話。
母が父と口論しては母が涙するのを度々目撃してきた僕は幼いころから「母を守らなきゃ」という思いが強かったように思います。
弟が生まれてから、僕はすっかり変わりました。
母にべったりだったのが一転しました。
兄として、しっかりしなきゃという意識を強く持っていました。
母と違い、父が幼少期について話すことはめったにありませんでした。
父にとっては思い出したくないことが多かったのでしょう。
父が好きな本は「巌窟王」だと言っていました。
今にして思えば、父の生きる力となってきたのは強い復讐心だったのだろうかと思います。
たまに実家に行っても、父と祖父が口論するのが常でした。
祖父からかわいがられた記憶もありません。
祖父と父とに共通していたこと。
自分の気が済むまで、夜中になろうが延々と話を続けること。
そして、自分の考えを押しつけてくることでした。
父が母と一緒にバプテスマを受け、父からの反対がなくなったのはうれしいことでした。
でも、父の高圧的な態度は、JWになってからも変わりませんでした。
父に対する強い反発心を抱きつつも、面と向かって反抗することもできず、「自分がJWとして自立すること」に関心が向いていったような気がします。
結果的にはそれが、親に依存しない僕自身の信仰を培うことにつながっていったのかなと思います。
バリバリ仕事をこなし、会衆でも精力的に働く父。
力でも論理でもかなわないと思っていた父。
そんな父を越えたいという思いが、自分の行動に大きな影響を及ぼしていたような気がします。
両親が離婚し、父が小学校入学前の三男を見捨てて家を出たとき、父に対する怒りを抑えられませんでした。
父から電話がかかってきましたが、「地獄に落ちろ!」と吐き捨てて電話を切りました。
一年後、友人と車に乗っていたとき、たまたま父が乗った車をみかけました。
やつれた父を見て、「父もこの一年、苦悩してきたのだろうか」と思いました。
それから数年。
正社員になり、会社での評価も得、結婚。
ひとりの社会人として自立できるようになったという自信が、父に対する感情を変えていきました。
その後、父と再会しましたが、今なお被害者意識にとらわれている父を見て、哀れに思えました。
自分は過去の奴隷じゃない。
親からの影響はあるにせよ、自分の人生は、自分で選んできたもの。
これからの人生も、自分で選んでいく。
そう思えるようになったとき、自分の心に長い間巣くってきた闇が晴れていったように感じました。
今も、JWや親に対する怒りを抑えられない2世は多いと思います。
心がいやされる過程には人それぞれ違いがあり、要する時間も違うことでしょう。
しかし、いつまでも怒りの犠牲でいることを許してしまったら、トラウマから解放される道を自分で閉ざしてしまうことになると思います。
怒りを乗り越え、愛をもって怒りを征服するとき、心のいやしと真の自由への道が開けていくと思います。