価値観の違い

ばうちんさんのブログを読んで、自分の価値観形成の過程を振り返ってみました・・・
http://blog.livedoor.jp/gurugurubautin1234/archives/51468659.html

僕の価値観は、親父の影響をむっちゃ受けていました。
親父は「義に過ぎる長老」として有名でしたがw、そんな長老の息子である僕はいわば「ミニ長老」になっていたのでしょう。
自分では意識してへんかったけど、無意識のうちに、会衆内の若い兄弟姉妹を裁いていたりしてたんやろなぁ・・・と思います。
そら、煙たがれて当然やわな。
ガキンチョのころ、会衆内で全然友達ができひんかった。
中学・高校と進むにつれて、義に過ぎる親父に対する反発が強くなってきました。
中学時代から世の子と交際していたのも、
ひとつは親父に対する反発。
もうひとつは、「だれか自分を認めてほしい、受け入れてほしい」という欲求の現れだったんだろうと思います。
高校を卒業し、開拓者&奉仕の僕になり、
親元を離れ、ひとり必要の大きな会衆に移り・・・。
転機が訪れます。
その会衆の主宰監督は、小さいころから顔なじみの兄弟でした。
家がすぐ近所だったこともあり、たびたび食事招待してくださり、時には酒をくみかわしながら、夜遅くまで話し込んだものでした。
恋愛についても話したりしたかなあ・・・
とにかく、その長老の価値観は、同じJWではあっても、親父の堅苦しい価値観とはまったく違う、「道理にかなった」見方でした。
おかげで、「やはり、親父の見方が偏狭なのだ。僕の見方は間違ってはいなかった」と思うようになりました。
でも、僕はうつになり、集会も奉仕も行けなくなりました。
会衆内も含めて、人間関係というものが苦痛で、できるだけ誰ともかかわらないようになりました。
だから、JWを離れて、現役JWとの関係が疎遠になったことで、寂しさよりも、気持ちが楽になりました。
もう、無理して、模範的なJWを演じる必要もない・・・。
孤独感が強くなってきたのは、それから数年後、うつが回復してきたころだったのだろうと思います。
そのころには、社会人としてバリバリ仕事に没頭していました。
開拓奉仕の代わりに、仕事が生きがいになったという感じで・・・。
そんな中で、なかなか出会いもなかったのですが、職場で妻と出会い、あっという間に結婚してしまいました。
新婚当初も、僕は仕事人間でした。
終電まで残業し、休日出勤もしょっちゅうでした。
妻が職場でのいじめに遭い、うつになっていったのですが、僕は忙しすぎて、妻を精神的に支える余裕がありませんでした。
そのうち、僕自身が過労でダウンしてしまいます。
出向していた現場から、自社に戻されました。
でも、心身ともにボロボロの僕は、ろくに仕事もできず・・・
上司も、僕をどう扱っていいか、分からない様子でした。
会社でただ座ってぼおっとしている毎日。
つい数ヶ月前までは終電まで残業していたのに、定時になるとそそくさと帰宅するようになりました。
このころから、ようやく自分と向き合うようになりました。
「JWの何が間違いか、調べてみよう」という気になったのも、このころです。
20代前半のころは、とにかく「宗教に自分の行動を縛られる」ことが嫌で、宗教について考えることも嫌でした。
それに、うつだったので、とにかく考える精神的エネルギーがありませんでした。
あれから10年近く経ち、ようやく精神的余裕もできて、客観的にJWをみることができるようになりました。
「良心の危機」を読んで、「やはり統治体はただの人間なんだ。彼らに自分の生き方を振り回されていた僕はなんと愚かな生き方をしてたんだろう」と思うようになりました。
でも、神に対する信仰まで捨てようという気にはなりませんでした。
とにかくつらかった小学校時代。
学校ではいじめられ、会衆でも孤独で、とにかく毎日が試練でした。
「死んでしまいたい」と思ったこともありました。
それでも、乗り越えてこられたのは、やはり神が自分と共にいてくださったからだという思いがありました。
今から考えれば、不要な制限ばかり加えられていたわけですが、子供だった僕にとっては「迫害を耐えている」かのような思いがありました。
当時、たびたび読んだ聖句が、ヤコブ1:2,3でした。
「わたしの兄弟たち、さまざまな試練に遭うとき、それをすべて喜びとしなさい。あなた方が知っているように、こうして試されるあなた方の信仰の質は忍耐を生み出すからです。」
これまで、いろんな試練を乗り越えてきました。
そのたびに、「自分の力ではこれ以上耐えられない。もう無理だ」と思うたびに、神から力を注いでもらっていたように感じていました。
だから、JWは間違いだとしても、聖書の神は信じていたい。そう思いました。
じゃあ、聖書の神を信じてるのは誰なんだろう?
そんな思いから、教会に行きました。
こうして、今に至ります。
小学校入学と同時に伝道者になり、親に連れられなくても一人で伝道していた僕は、エホバの証人2世の中でも特異な存在なのだろうと思います。
そして、僕の価値観に大きな影響を与えた父についても、僕は親元を離れたことによって客観的にみることができるようになりました。
父が偏ったJWだったことに早く気づくことができたおかげで、僕は自分の価値観を「修正」し、平衡のとれた見方をする必要を認識することができました。
どこまで自分の見方を修正できているかは分かりませんが・・・
ただ、自然消滅して10年近く。いまは、JWの呪縛から解放されて、社会人としての「自分の価値観」を確立できてるかな、と思ってます。
空気を読むのは相変わらず下手かもしれない。でも、いつも自分の心に正直でありたい。そう思っています。

コメント

  1. japanesegirl より:

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    私は今、JWをやめようとしている、バプテスマを受けた2世です。
    ブログ、読ませていただきました。
    とても壮絶な人生を送ってこられたのですね。
    私も結構つらかったですが、そんなのちっちゃいなぁと思いました。
    >「迫害を耐えている」かのような思いがありました。
    のくだりにはすごい共感しました。
    私はもう集会にも伝道にも出ていませんが、
    ちょっと寂しさを感じるのが本音の一つです。
    私も、早く「自分の価値観」を持ちたいです。
    失礼しました。

  2. Joel より:

    SECRET: 0
    PASS:
    コメントありがとうございます。
    ただ、僕の人生が壮絶だったかというと、それほどたいしたもんじゃないと思ってます・・・。
    元JWの方々と多く知り合って経験を聞くうちに、僕なんかよりよっぽど壮絶な“試練”を乗り越えてこられた方々がたくさんいることを知ったんです。
    両親がJWで、僕自身「模範的なJW」として持ち上げられていたわけで、そういう意味では、僕はJWの中でも「優等生」だったんですよね。
    そのまま「優等生」として振る舞っていれば、組織の中でちやほやされて、いずれはJWの姉妹と結婚していたかもしれないわけで・・・
    僕の場合、自ら「この生き方はおかしい」と気づいてJWから離れたわけですし、「うつ」という口実もあったので、特に邪魔されることもなく、自然消滅することができました。
    だから、自分は恵まれているほうだと思っています。
    僕なんかよりも、何倍も苦しみ、寂しさに耐え、生きていくための苦闘をしてきた人たちはたくさんいるわけで、その人たちの苦しみを僕が理解できるかと問われれば、とても「理解できますよ」なんておこがましいことは言えません。
    ただ、僕の経験が、これからJWを離れて生きていこうとする人にとって何らかの役に立てれば・・・と思い、こうしてブログを綴っています。