2010年01月一覧

価値観の違い

ばうちんさんのブログを読んで、自分の価値観形成の過程を振り返ってみました・・・
http://blog.livedoor.jp/gurugurubautin1234/archives/51468659.html

僕の価値観は、親父の影響をむっちゃ受けていました。
親父は「義に過ぎる長老」として有名でしたがw、そんな長老の息子である僕はいわば「ミニ長老」になっていたのでしょう。
自分では意識してへんかったけど、無意識のうちに、会衆内の若い兄弟姉妹を裁いていたりしてたんやろなぁ・・・と思います。
そら、煙たがれて当然やわな。
ガキンチョのころ、会衆内で全然友達ができひんかった。
中学・高校と進むにつれて、義に過ぎる親父に対する反発が強くなってきました。
中学時代から世の子と交際していたのも、
ひとつは親父に対する反発。
もうひとつは、「だれか自分を認めてほしい、受け入れてほしい」という欲求の現れだったんだろうと思います。
高校を卒業し、開拓者&奉仕の僕になり、
親元を離れ、ひとり必要の大きな会衆に移り・・・。
転機が訪れます。
その会衆の主宰監督は、小さいころから顔なじみの兄弟でした。
家がすぐ近所だったこともあり、たびたび食事招待してくださり、時には酒をくみかわしながら、夜遅くまで話し込んだものでした。
恋愛についても話したりしたかなあ・・・
とにかく、その長老の価値観は、同じJWではあっても、親父の堅苦しい価値観とはまったく違う、「道理にかなった」見方でした。
おかげで、「やはり、親父の見方が偏狭なのだ。僕の見方は間違ってはいなかった」と思うようになりました。
でも、僕はうつになり、集会も奉仕も行けなくなりました。
会衆内も含めて、人間関係というものが苦痛で、できるだけ誰ともかかわらないようになりました。
だから、JWを離れて、現役JWとの関係が疎遠になったことで、寂しさよりも、気持ちが楽になりました。
もう、無理して、模範的なJWを演じる必要もない・・・。
孤独感が強くなってきたのは、それから数年後、うつが回復してきたころだったのだろうと思います。
そのころには、社会人としてバリバリ仕事に没頭していました。
開拓奉仕の代わりに、仕事が生きがいになったという感じで・・・。
そんな中で、なかなか出会いもなかったのですが、職場で妻と出会い、あっという間に結婚してしまいました。
新婚当初も、僕は仕事人間でした。
終電まで残業し、休日出勤もしょっちゅうでした。
妻が職場でのいじめに遭い、うつになっていったのですが、僕は忙しすぎて、妻を精神的に支える余裕がありませんでした。
そのうち、僕自身が過労でダウンしてしまいます。
出向していた現場から、自社に戻されました。
でも、心身ともにボロボロの僕は、ろくに仕事もできず・・・
上司も、僕をどう扱っていいか、分からない様子でした。
会社でただ座ってぼおっとしている毎日。
つい数ヶ月前までは終電まで残業していたのに、定時になるとそそくさと帰宅するようになりました。
このころから、ようやく自分と向き合うようになりました。
「JWの何が間違いか、調べてみよう」という気になったのも、このころです。
20代前半のころは、とにかく「宗教に自分の行動を縛られる」ことが嫌で、宗教について考えることも嫌でした。
それに、うつだったので、とにかく考える精神的エネルギーがありませんでした。
あれから10年近く経ち、ようやく精神的余裕もできて、客観的にJWをみることができるようになりました。
「良心の危機」を読んで、「やはり統治体はただの人間なんだ。彼らに自分の生き方を振り回されていた僕はなんと愚かな生き方をしてたんだろう」と思うようになりました。
でも、神に対する信仰まで捨てようという気にはなりませんでした。
とにかくつらかった小学校時代。
学校ではいじめられ、会衆でも孤独で、とにかく毎日が試練でした。
「死んでしまいたい」と思ったこともありました。
それでも、乗り越えてこられたのは、やはり神が自分と共にいてくださったからだという思いがありました。
今から考えれば、不要な制限ばかり加えられていたわけですが、子供だった僕にとっては「迫害を耐えている」かのような思いがありました。
当時、たびたび読んだ聖句が、ヤコブ1:2,3でした。
「わたしの兄弟たち、さまざまな試練に遭うとき、それをすべて喜びとしなさい。あなた方が知っているように、こうして試されるあなた方の信仰の質は忍耐を生み出すからです。」
これまで、いろんな試練を乗り越えてきました。
そのたびに、「自分の力ではこれ以上耐えられない。もう無理だ」と思うたびに、神から力を注いでもらっていたように感じていました。
だから、JWは間違いだとしても、聖書の神は信じていたい。そう思いました。
じゃあ、聖書の神を信じてるのは誰なんだろう?
そんな思いから、教会に行きました。
こうして、今に至ります。
小学校入学と同時に伝道者になり、親に連れられなくても一人で伝道していた僕は、エホバの証人2世の中でも特異な存在なのだろうと思います。
そして、僕の価値観に大きな影響を与えた父についても、僕は親元を離れたことによって客観的にみることができるようになりました。
父が偏ったJWだったことに早く気づくことができたおかげで、僕は自分の価値観を「修正」し、平衡のとれた見方をする必要を認識することができました。
どこまで自分の見方を修正できているかは分かりませんが・・・
ただ、自然消滅して10年近く。いまは、JWの呪縛から解放されて、社会人としての「自分の価値観」を確立できてるかな、と思ってます。
空気を読むのは相変わらず下手かもしれない。でも、いつも自分の心に正直でありたい。そう思っています。


荒らしキターw

こんなコメントが・・・。


01月29日 19:33

IP:113.32.65.226

先ずはちゃんと仕事しろ。
奥さん放置してオフくるな。
みんな迷惑してる事にきづけよ。
Joelの言葉は説得力がない。
自分が好意と思ってしてる事が相手にもそうとは限らない。
いつも女の対応しかしてない。
年金税金払え。


> 奥さん放置してオフくるな。
オフに参加する際に嫁を連れてこないのは、嫁が「オフに参加したくない」という意向だからです。
去年7月のオフ、嫁を連れてきましたが、「話が合わなくてつまらなかった」そうです。
> みんな迷惑している
具体的に、どんな迷惑をかけていますか?
> 自分が好意と思ってしてる事が相手にもそうとは限らない。
そりゃそうでしょうね。
人それぞれ、受け止め方は違うと思いますよ。
> いつも女の対応しかしてない。
なんでそんなことが分かるんでしょう。もしかして僕のストーカー?w
男性からも相談を受けてますし、現に今も相談に乗っている男性がいますが?
> 先ずはちゃんと仕事しろ。
> 年金税金払え。
僕のストーカーなら、僕が仕事してることは分かってるでしょう?w
このご時世ですので、収入が不安定で苦労してますが。
それから、年金も税金はちゃんと払ってますよ。
オフでお会いしたことのある方なのかな。
だったら、文句があるなら、面と向かって言ってくださいよ。
ちなみに・・・
コメント主さん、大きなモニター(
1920 x 1080)をお使いのようで。うらやましい限りです。


証しか、布教か

※ JWを辞められた方の進む道は、人それぞれだと思います。
※ 宗教を信じる自由も信じない自由も保障されるべきだと
※ 思っています。
※ 僕は、自分の教会が唯一だとは思っていません。
※ 「JWの誤りと、本来の聖書の教え」について知りたいと
※ 思われる方には喜んでお話させていただきますが、
※ 諸教会に拒否感をお持ちの方に、JWみたいな強引な勧誘を
※ したりはしませんので、ご安心を。

僕の、mixiプロフィールに載せている文章の一部です。
証し」・・・神様からいただいた恵みを人に伝えること。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC_%28%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%29
布教」・・・ある宗教を一般に広めること。
mixiで、「僕が布教活動をしている」といって、某・元JWコミュ管理人から苦情メールが来ました。
僕は、自分の信条を尋ねてこられた方に「証し」することはあっても、「布教」するつもりはありませんし、布教した覚えもありません。
伝道なんてもうこりごりです。
開拓者だったころ、家の人の、いかにも面倒くさそうな顔を見るだけで、「来なければよかった」と何度も思いました。
それなのに・・・
僕が布教活動?とんでもない。まっぴらごめんです。


2010年オフ会・第1弾

いやあ、今日の昼間はひさびさにぬくかったですね。
明日はさらに温かくなるとか。
でも週末には寒さが戻るとか・・・気温変動激しすぎ(>_<)
そんなこんなで春が待ち遠しい今日このごろですが、春のオフ会開催予定告知です。
3/20(土) or 21(日) のいずれかで
開催予定です。
詳細は追ってお知らせします。


ウッド牧師、TV出演

「真理のみことば伝道協会」サイトより。
http://www.jesuscom.org/helpcult/


2010年1月16日と17日に放映されるハーベスト・タイムのテレビ番組に、ウィリアム・ウッドが出演することになりました。ホストの中川健一師と共に、『カルトにだまされないために』というテーマを取り上げます。放映時間は次の通りです。


◎テレビ金沢 16日朝4時55分
◎三重テレビ 16日朝5時半
◎沖縄テレビ 16日朝5時半
◎KBS京都 16日朝6時25分
◎サンテレビジョン 16日朝7時
◎テレビ和歌山 16日朝7時
◎びわ湖放送 16日朝8時
◎テレビ埼玉 16日朝8時半
◎群馬テレビ 16日朝8時半
◎千葉テレビ 16日朝9時半
◎テレビ神奈川 17日朝7時半
◎岐阜放送 17日朝7時半
◎奈良テレビ 17日朝7時半

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真理のみことば伝道協会主催
第19回カルト救出全国セミナー
「被害者家族に何が出来るか」
日時:2010年2月11日(木)午前10時-17時

講師: ジャン・ドウゲン師、ウィリアム・ウッド師 
会所: 関西聖書学院(KBI)
奈良県生駒市門前町22-1
TEL:0743-70-8600 / Fax:0743-70-8601
費用:3000円


ハイチ大地震・・・これも「終わりの日」のしるし?

阪神大震災から15年となる1月17日を目前にして、13日、ハイチで大地震が発生しました。
ハイチ大地震は阪神大震災と同様、直下型(震源が10km程度と浅い)のため、甚大な被害が発生しています。
しかも震源は、200万人以上が住むといわれる首都ポルトープランスのすぐ近く。
さらに、ハイチが世界有数の最貧国で、建物の耐震設計は不十分。建物の多くは鉄筋が入っていないため、大多数の建物が崩壊、数多くの人々が生き埋めになっています。
いまだ、被害の全貌は把握できていないのが現状です。
今回の大地震は、地震が天災であると共に「人災」としての要素も大きいことを示しています。
最近、静岡で震度5強の地震が発生しましたが、地震対策がしっかりしていたため、被害はごくわずかでした。
エホバの証人は、1914年以降、「終わりの日」のしるしの一つとして「地震が頻発している」とさかんに喧伝していますが、地震の発生回数が増えているのではなく、人口の密集化が進んでいるために都市部で地震が発生したときに被害が甚大になっているのです。
そもそも、地震計が発明されたのが1880年。それ以前に発生した大地震で、観測・記録されていないものは多くあるわけです。
詳しくは、以下を参照ください。
http://members.at.infoseek.co.jp/thinkJW/koen.htm


懲らしめと愛

小さい子どもを叩くしつけも必要? 米調査で「良い子に育つ割合が高い」。
http://www.narinari.com/Nd/20100112861.html

米国の心理学者が「最後に叩かれたのはいくつのときだったか」という調査を実施。現在の環境と比べ、「叩かれる」ことと成長の関連性を調べる研究を行った。
その結果、全体の4分の1は「全く叩かれた経験がない」ことが判明。そして、全く叩かれたことがない人は、叩かれた経験のある人に比べ「あらゆるポイントで、ほかのグループより悪い結果になった」そうだ。具体的には「反社会的行動や早めの性交渉、暴力やうつ」など、何らかの精神的な問題を抱えやすい傾向が見られたという。
最も良い結果になったのは「2歳から6歳までに叩かれた人」で、次いで「7歳から11歳までに叩かれた人」。ここでの違いは、7歳から11歳までの経験者の方が「よりケンカをしやすい」傾向があったものの、叩かれた経験のない人よりは「進学では成功している」そうだ。
また、英紙デイリー・メールでは、叩かれた経験のある人は「将来設計や生活力、大学での向上心やボランティア作業など、多くの能力に信頼が見られた」と伝えている。ただ、「12歳を過ぎても叩かれた人だけ、否定的な影響を受けると分かった」ともあり、子どもが大きくなってから手を出す場合は、充分な注意も必要らしい。
全体の4分の1が「全く叩かれた経験がない」とのこと。
親が子供に毅然とした態度を取れないのは、実に嘆かわしい風潮ですよね。
しつけをしてもらえない子供がかわいそうです。
子供に対して懲らしめが必要なのは当然のことです。
とくに幼児期は、くどくど説教しても無駄でしょう。
簡潔かつ明快に、正しいことと間違っていることとを教え込むには、時には「むち」を使う必要もあるでしょう。
問題は、子供の成長に合わせて、子供自身の良心や判断力をどうやって育てるか、だと思います。
いつまでも怒鳴りつけたり体罰をしたりしていては思考停止してしまい、良心や判断力が育ちません。
むしろ、子供が納得するまで話し合うほうが必要になってくると思います。
「むち世代」のJW2世の多くが、本来は良心や判断力を育てるべき時期に、体罰や恫喝によって抑圧され続け、その影響がその後の人生の「生ききづらさ」につながっているように思えます。
僕自身、父からの度重なる恫喝のために、自尊心の欠如や「生きづらさ」を感じてきました。
それから、もうひとつ大切なことは、「叱った分の倍、ほめる」ことです。
子供が、無条件に愛されていると感じること、親は自分を愛しているがゆえに自分を正しい道に導こうとしてくれているんだと感じられること、これが大切だと思います。
親が感情にまかせて当たり散らしていては、子供は傷つきます。
親の言うことが一貫していなければ、子供は不安になります。
「あんたはいらない子だ」などと言われようものなら、自尊心の欠如は、子供の人生に大きな悪影響を与えることでしょう。
親の言いつけを聞かなかったりしたとき、「あんたはサタンの子だ」などと罵倒されたJW2世はどれほどいることでしょう。親たちは、その言葉が子供の心をどれほど傷つけているか、分かってないんでしょうね・・・
ちなみに、エホバの証人が用いている新世界訳聖書では、箴言の中に「懲らしめ」という語が30回出てきます。
ところが、新改訳聖書でそれらの聖句を見てみると、「懲らしめ」ではなく「訓戒」と訳されている箇所のほうが多いです。
たとえば、エペソ6:4を、新世界訳と新改訳で比較してみます。
(新世界訳) また、父たちよ、あなた方の子供をいら立たせることなく、エホバの懲らしめと精神の規整とをもって育ててゆきなさい。
(新改訳) 父たちよ、あなががたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒とによって育てなさい。
エホバの証人が過度に「懲らしめ」にこだわる一因として、新世界訳において度々「懲らしめ」という語が現れることも関係しているように思います。


ピグの部室

部室の伝言板、使いにくすぎる・・・(-_-;
文字数制限に連続投稿制限・・・あれじゃあ、たいしたこと書けへんやん。
ともあれ、今日は「元JW部」の部室に4名様おいでくださいました。
ひさしぶりにお会いできてうれしかったです。
また集まりましょう。
ちなみに、明日は帰宅が深夜になると思うので、ピグにログオンはできないかもしれません・・・ご了承を。


帰省

元旦と2日は実家にいました。
ひさしぶりに帰った実家にはTVが置いてあり、二日間のほとんどはTV(ほとんどお笑い番組ばかりでしたが)を見て過ごしました。
おかげで、JWネタを振られることもほとんどなかったのですが・・・
「創造の驚異」とかいうDVDを見せられました。
まぁ、よくできていますが、「エホバ」を連呼するのと「楽園での永遠の命」に話をもっていくところがどうも・・・
あと、夕食のときにお祈りをさせられました。(-_-;
やはり実家はいろいろ気を遣うので疲れます。
ネット環境もないのがつらい。
携帯で必死にmixiの「サンシャイン牧場」をやってました。(^^;
でも、下の弟が甘えてくると、兄としては嬉しくなっちゃうんですよね。
未信者のご主人が、家族のためにJWになろうと思う気持ちってこんなのかなぁ、とか思ったりしました。


あけましておめでとうございます

2010年になりました。
大不況のまっただ中、先行きの見えない世の中ですが、
心の中では、いつも希望を抱きつづけていたいと思います。
昨年、ブログを通して知り合うことができた、たくさんの方々に感謝します。
今年もどうぞよろしくお願いします。