2009年07月15日一覧

おすすめの本!「境界線(バウンダリーズ)-聖書が語る人間関係の大原則」

境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則/ヘンリー・クラウド
¥2,520
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まだ3分の1くらいしか読んでいませんでしたが、目からうろこの連続でした!
エホバの証人が、教理においても組織においても、いかに非聖書的であることが、本書を読むとよく分かります。
(もちろんこれは、エホバの証人だけでなく、他のキリスト教系カルトにも共通して言えることなのですが・・・)
なぜ、エホバの証人に多くの精神疾患が見られるのかも明確になります。
つまり、エホバの証人は「境界線」を壊しているのです。
そのために、エホバの証人の多くが苦しみ、悩み、傷ついているのです。
特に2世は、「境界線」を持たずに育ってきたため、「生きづらさ」を抱えています。
人間関係における諸問題を解決する上で、「境界線」を持つことの大切さが、本書を読むとよく分かります。
推薦文から引用します。
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バウンダリーというのは、自分の責任と他人の責任の領域の境界線のことなのですが、・・・(中略)・・・この境界線の曖昧さは、日本社会の根底にある日本人特有の傾向であり、それだけ問題の根っこは深いのです。
日本におけるカウンセリングも含めたこれまでのアプローチを考えてみるときに、互いの責任を明確にするよりは、むしろ曖昧にするような対処の仕方であったと思われます。曖昧にすると、どちらか一方に我慢を強いるようになり、解決するどころか、表向きは平穏でも関係的には身動きできなくなるような、八方塞がりの状況に追い込まれてしまうのです。
しかし、バウンダリーの概念を用いたアプローチは、この根底の問題にメスを入れながら対処することが可能なのです。
方法としては、まずバウンダリーの有効な手段である「ノー」と言う選択肢を明確にします。人と人との間の曖昧さから生じる問題に対しては、「ノー」を言わずして根本的な解決はあり得ません。また、「ノー」という選択肢は、単に「ノー」と言うための「ノー」ではなく、心から「イエス」と言うためでもあることを強調します。
さらにバウンダリーは、自分を取り巻く人間関係がどんなに八方塞がりのようであっても、有効な解決手段を提供します。例えば他人の態度や行動が原因で生じた怒りや不安等の感情も、他人のせいにするのではなく、つまり、相手を変えることではなく、自分を変えることで解決しようとするのです。
このようなアプローチこそ、片方だけではなく、共に成長できる人間関係の構築が可能となります。
その秘訣は、本書が「真理」と「愛」という本来相容れないような二つの概念を統合しているからです。
真理だけを土台とする関係は傷つきやすく、それだけもろくもなりますが、「愛を伴った真理」を土台とした関係は、互いの責任の領域を尊重しつつ形成することができます。
そしてこれは、バウンダリーを確立すること無しには不可能なのです。
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第1章は、「バウンダリー(境界線)を持たない人のある一日」です。
ここで指摘されているのは、
1,より一生懸命頑張っても解決にはなりません。
2.恐れから親切にしても解決にはなりません。
3.他人のために責任を取ってあげても解決にはなりません。
実を結ばぬ努力恐れに満ちた親切過剰な責任感が指し示す問題の中核は、「人生を自分のものとすることに深刻な困難を覚えている」ということです。
エデンの園で、神はアダムとエバに「所有権」について語られました。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ」(創世記1:28)。
神の似姿に造られた私たちは、一定の任務において責任を持つように造られました。責任(または所有権)を持つことには、何が自分の仕事であり、何がそうでないかを知ることが含まれます。
自分に課せられた義務ではないことを次々と負ってしまう働き人は、いずれ燃え尽きてしまうでしょう。自分がするべきこととそうでないことを見分けるには知恵が必要です。私たちは一人で何もかもすることはできないのです。
私たちの生活における責任と所有権の混乱は、「境界線」の問題です。家を所有している人なら誰でも自分たちの土地のまわりに物理的な境界線を引くように、私たちは、精神的、身体的、感情的、霊的な境界線を自分たちの人生に引く必要があります。それは、どこまでが自分の責任であり、どこからは違うのかを区別できるようになるためです。
適切な境界線を、適切な時に、線を引くべき人との間に引けないでいると、大きな害をもたらすことになるのです。
そして、これこそ今日のクリスチャンたちが直面している最も深刻な問題の一つです。大勢の誠実で献身的な信者たちが、どうすれば聖書的にふさわしい限度を設けることができるのか、大きな混乱の中で葛藤しているのです。そして、境界線が引けていないのだと指摘されると、彼らは次のような質問をします。これらはとても良い質問です。
1 限度を設けつつ、なおも愛にあふれた人でいることはできるだろうか
2 適切な境界線とはどういうものか
3 もし誰かが私の境界線のせいで怒ったり傷ついた場合にはどうしたらいいか
4 私の時間や愛、エネルギー、お金を求めてくる人たちに対しては何と答えたらいいか
5 境界線を引こうと思うとき、罪悪感や恐れを覚えるのはなぜか
6 境界線と従順はどのような関係にあるのか
7 境界線は自己中心的ではないのか
今まで、これらの問題に対して聖書が示す答えが誤って伝えられてきたため、境界線について多くの間違いが教えられてきました。
それだけでなく、鬱、不安障害、摂食障害、依存症、衝動障害、罪責感、恥、パニック障害、結婚や人間関係における葛藤など、臨床心理学的な多くの症状は、その根底に境界線の問題があります
本書では境界線について聖書的な見解を提示します。
・境界線とは何か、
・それによって何が守られるのか、
・境界線はどのように形作られ、どのように損なわれ、どのように修復されるのか、
そして
・どのように境界線を用いたらいいのか、
などです。
本書は前述の疑問に答えるだけでなく、さらに多くの示唆を与えることでしょう。
私たちの目標は、皆さんが聖書的な境界線を適切に用いることによって、神が、ご自身の子供である皆さんに望んでおられる目的や人間関係に到達できるよう手助けをすることです。
境界線は、神のご性質のなかで、神が造られた世界で、また神の民の間で機能しており、そこに深い聖書的な本質が見られます。皆さんがこの境界線の聖書的な本質を知るようになること、それが本書のねらいです。