エホバの証人と、体罰としての「懲らしめのむち」

エホバの証人の組織内で、子供に対する「むち」が指導されていたことは事実です。
これは、特定の会衆だけのローカルルールなどではありません。
組織的に指導がなされていたのです。
たとえば、1981年1月号の王国宣教2ページ。
地域大会三日目午後のシンポジウムの復習として、こんな場面が載っています。
場面3:?王国会館に遊び道具を持って行くことを許されなかった子供がかんしゃくを起こす。考慮された聖句:?申命?21:18(わがままな態度は反抗へと進み,重大な結果になりかねない)。申命?31:12(小さな子供たちでも,集会で聴いて学ぶべき)。箴?22:15;?23:13,14(罰として身体的なむちが必要な理由)。
基本的な方法は,子供と推論しつつ,悪い道を歩むことの望ましくない結果を示し,聖書の原則を用いて物事を正すこと。必要な時と場合に,懲らしめのむちが当てられる。目標は,エホバに愛され,そのみ名に誉れをもたらすクリスチャンを育てることであり,このことを思いに留めなさい。
このように、はっきりと「罰として身体的なむちが必要」と明記されています。
もっと古い資料もあります。
「昼寝するぶた」というサイトより、
なぜ2世はムチなんだ?中編
http://buta.exjw2.org/muchi_2.htm

「御国奉仕」1964年5月1日号のスキャン画像が載っています。
なぜ2世はムチなんだ?後編
http://buta.exjw2.org/muchi_3.htm

多数の出版物に、むちについて言及されているのが分かります。


ちなみに、これは私の記憶ですが・・・
私が小学生だったころ、巡回訪問の時に巡回監督が「懲らしめのムチ」を強調していたのをはっきり覚えています。
そのとき、巡回監督が引用したのは、箴言20:30でした。
「打ち傷は悪を擦り落とし,むち打ちは腹の一番奥をも[洗い落とす]。」
それ以降、子供たちにとって悪夢の日々がやって来ました・・・
当時、うちでムチとして使われていたのは、竹の細い根っこや、コンセントのコードでした。。。
こうして、体罰が強調されていた結果、子供が虐待死するという悲劇まで生じました。
「エホバの証人「せっかん死」事件を考える
http://www.jwic.info/abuse.htm
1993年11月に起こった事件について、「赤旗」に載った記事です。
この事件と前後して、体罰としての「むち」はあまり強調されなくなっていったように思われます。
しかし、この30年ほどの間に、「むち」を受けてきたエホバの証人2世はどれほどいることでしょう。
中には、思春期を過ぎてからも、18歳になってもまだ「むち」を受けた経験を持つ2世もいます。
子供の自由意志に基づく判断を尊重せず、まるで家畜のように「むち」によって盲従させるやり方は、
エホバの証人の組織の本質をよく表しています。
「各個人がクリスチャンとして健全な判断力を養う」ことよりも、「規則によって信者を縛り付け、組織の規律を守らせる」ことに主眼が置かれています。