真実の愛と偽りの愛

父は、自分の親から愛を示されずに育ちました。
親から無条件で受け入れてもらえるという経験をしてきませんでした。
そのため、
・自分に対する愛や信頼を保てない
・愛し方が分からない
ようになってしまいました。
父は貧しい家庭を助けようと、小学生のころからアルバイトをしていたそうです。
高校時代には複数のバイトを掛け持ち、それこそ寝る間もないほどだったといいます。
そうして稼いだお金を家に入れることで、父は自分を認めてほしい、と思っていたのだと思います。
しかし、父の期待は裏切られ続けました。
いくら自分が稼いでも、家族のために頑張っても、自分を否定される言葉を浴びせられ続けたのです。
父が自暴自棄になったのも容易に推察できます。
母と結婚した後も、父は全力で仕事をし、家族を養うことで自尊心を保ち、自分を認めてもらおうとしました。
そのため、母と衝突することもたびたびだったといいます。
母は僕にこんな話をしたことがあります。
僕が幼いころに高熱を出し、母は父に病院に連れて行ってほしいといったが聞き入れてもらえず、母は僕を抱いて寒さに震えながら病院に向かった、と。
母にとっては、自分の子の一大事に真っ先に行動してくれるのが親としての当然の愛だと思ったのでしょう。
しかし、父はそんな愛を受けずに育ったのです。
父は仕事をして家族を養うことでしか自分の愛を表せなかったのです。
おそらく、父には納期の迫った仕事があり、どうしても手を離せなかったのでしょう。
そんな父の思いを、母は理解できなかったのでしょう。
母は、自分ひとりで子供を守らなければいけないことに強烈な不安を感じたといいます。
ちょうどそのころ、エホバの証人が伝道に訪れ、母は研究を始めます。
エホバの証人の教えは、母の満たされない思いや不安を払拭するのに十分だったのでしょう。
当初、父は母がエホバの証人と研究するのを認めていたそうです。
ところが、エホバの証人が世俗の仕事を否定することを知り、父は態度を一変させ、猛烈な反対者になります。
当然のことです。父は仕事によって家族への愛を示してきたのです。その仕事を否定されれば、父の存在そのものを否定することに等しかったのです。
しかし、父はのちに研究を始めるようになります。
猛烈な勢いで研究を進めたため、ついに母に追いついてしまったそうです。
そして父と母はバプテスマを受けました。1983年8月のことです。
エホバの証人になった父は転職し、補助開拓奉仕を始めます。
母ものちに正規開拓者になり、夫婦そろって伝道に駆けずり回ります。
僕も小学校入学と同時、1984年4月に伝道者になりました。
傍から見れば熱心な神権家族だったのでしょうが、家庭の中は悲惨でした。
父と母の口論は絶えませんでした。
母は、子育てより伝道に時間を費やし、僕と弟は顧みられない時間が多くなっていきます。
そして両親は僕と弟をエホバの証人の教えにしたがって育てようと必死になり、むちを振るいました。
僕や弟が何をしたいか、何がほしいのか、訴える時間もなければ、両親にはその訴えに耳を傾けるだけの余裕もありませんでした。
ただ、エホバの証人の教えに従うよう強制されるばかりでした。
僕は親の期待にこたえたい、親に従って親に認めてほしいとの思いから、従順な子供でいようとしつづけました。
一方、弟は、親に反発しつづけ、自分のやりたいことを押し通し続けました。
父は奉仕の僕に、そしてのちに長老になり、会衆での仕事量も増えていきます。
世俗の仕事と開拓奉仕と会衆での仕事とに追われる日々が続きます。
父は会衆内で自分の働きを認めてもらえることに、自尊心の充足を感じていたのかもしれません。
一方で母は、会衆内の仕事に没頭して家族を顧みない父を非難しつづけます。
「愛し方を知らない」父は、家族だけでなく会衆内の成員に対しても、押しつけがましくなる傾向が強くなります。
父は会衆内でたびたび摩擦を起こすようになり、ベテランの長老であった主宰監督と対立するようになります。
対立は深刻なものとなり、ついに父は会衆を移ってしまいます。
しかし主宰監督は父の推薦状を書かず、父は移った先の会衆で長老としての任命を受けられませんでした。
父はエホバの証人の組織からも認められず、裏切られたのです。
父の絶望はどれほどのものだっただろうと思います。
そんな父に対し、母は父のやり方が非聖書的であると非難し、父をさらに追い詰めていきました。
ついに父は、会衆からも家族からも離れる決心をします。
断絶を宣言し、母と離婚し、家を出て行きました。
さて、こうして振り返ると、エホバの証人の組織の問題点が浮き彫りになってくると思うのです。
エホバの証人は、集会の出席や伝道への参加、とくに開拓奉仕を行うことが「正しい道」だと説きます。
そうした生活に忙殺され、両親は精神的な余裕を失っていきました。
そして、愛を持って受け入れるのではなく、「非聖書的である」と裁く見方。
正しくないことをしていると、神からも愛されない。
エホバの証人の愛は「条件付きの愛」なのです。
無条件に認められ、愛される経験をしてこなかった父にとって、エホバの証人の「条件付きの愛」がおかしいものだとは思わなかったのかもしれません。
結局、両親は子供に対して、「条件付きの愛」しか示せなくなっていきます。
正しいことをしていれば愛されるが、親への不従順は親からも神からも不興を買い、愛されないことにつながる、という教え。
思春期にはさまざまな葛藤があり、親への反抗を繰り返しながら自我を確立していきます。
しかし、エホバの証人の教えはそういった反抗を自我確立の過程として認めません。
子供は親に反発しながらも、「自分が親に反発するのは悪いことなんだ」と自分を責めるようになります。
子供は自尊心を保つのが難しくなり、精神的に追い詰められていきます。
親も子供も精神的に追い詰められる宗教。
「無条件の愛」ではなく、「条件付きの愛」で絶え間なく追い立てられる宗教。
そんな宗教のどこに、真の愛があるというのでしょうか!
エホバの証人の中に真の愛がないことは明白です。
エホバの証人の組織の中に見られるのは、偽りの愛です。
父が「無条件の愛」を受けることができず、親からも、エホバの証人からも、「条件付きの愛」しか与えられなかったことは、とても不幸なことだったと思うのです。
父が真のキリスト教に出会い、神の恵みと愛によって救われていたなら、父が今ほどに苦しむことはなかっただろうと思えてならないのです。
さて、昨日書いたように、僕は父に対して何ができるのだろうと自問していました。
そうやって自問していることを、父にメールしました。
父から返事が返ってきました。
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件名: 理解だけで充分
愛されたことがない者は愛の示し方を知りません。
なんとか愛を示そうとすると、何かを押しつけてしまい相手を傷つけてしまっていることに気づき、落ち込んで、身動きができなくなってしまいます。
基本の愛は、必要とされていることを実感させることではないでしょうか。
決して本心からではないとはいえ家庭を捨てた父親を、捜して会いに来てくれた!
それで充分です。
もし、言わせてもらえるなら、自分の居場所を大切にしてください。
優しさゆえに親や兄弟のために労力を使い・・・燃え尽きた時、自分の居場所がなくなっている、なんてことがないように・・・。
もう一つ、アダルトチルドレンと同様に、愛を正確に示されていない人は、間違ったことを人生の生き甲斐とする傾向があるようです。
アダルトチルドレンの場合に「共依存」と呼ばれますが、虐待を与えている者を助けるのは自分だけ・・・と、関わりつづけることを生き甲斐にしてしまう・・・つまり依存している場合もあるようです。
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僕も父も、エホバの証人でなくなってはじめて、「無条件の愛」にたどりついたのです。
無条件に受け入れられ、認められ、必要とされること。
そして僕は、神が、変わらずずっと愛し続けてくださっていることに、ただ感謝するのみです。
僕を見捨てられることなく、恵みのもとへ導いてくださったことを思うとき、涙があふれて止まりません。
でもその涙は、決して悲嘆や苦悩の涙ではありません。
神が大きなみ手をもって僕を包んでくださり、救ってくださったことに対する感謝と感動の涙です。
いつか、両親が、真の愛を知り、救われるよう、これからも祈り続けていきます。