「聖書そのものに聖句の意味を決めさせる」

エホバの証人は、「自分たちこそが聖書に忠実である。キリスト教世界は聖書の教えから逸れ、人間の伝統に従っている」と主張しています。
しかし、かつて統治体の一員であり、出版物の執筆もしてきたレイモンド・フランズは、協会の出版物が通説」にとらわれていることを指摘しています。
1988年にものみの塔協会が出版した聖書辞典「聖書に対する洞察」は、1971年にレイモンド・フランズたちが執筆した「聖書理解の助け」にわずかな修正を加えただけのものです。
その「聖書理解の助け」を執筆する過程で悟った点を、レイモンド・フランズはこう述べています。
(「聖書理解の助け」執筆の)仕事を始めたころ、ノア会長が我々に申し渡したことがあり、これが作業の基本路線となった。実は我々はその言葉を誤解していたのだが、これがまさに幸運な誤解だったと言える。ノア会長が言ったのは「単に聖書の言うところを示したいだけであるから、協会の出版物にすべてを捜し求める必要は全然ない」という言葉だった。・・・・・・我々は会長の言葉を曲解し、ものみの塔の出版物が聖書の内容を示すやり方にとらわれず、常に聖書が実際に言っていることを示すように努めねばならないのだと受け取ったのである。その結果、そうでなければできなかったような本ができあがった。(世界各国の支部事務所の者や工場の監督など)250名から送られた原稿の方はほとんど例外なく協会の出版物の「通説」によっていたので、よく調べてみると違いが明らかになってしまうことが多かった
協会副会長のフレッド・フランズは一番の聖書学者として認められていて、私も何度となく質問に行った。すると驚いたことに、聖書の注釈書を見るように言われることが多かった。「アダム・クラークかクックにどう書いてあるか見てみたら」とか、あるいは旧約聖書に関することであれば「ソンチノの注釈を見てみたら」という具合である。
ベテルの図書室にはそういった注釈書が山ほどあった。しかしそういったものは他の宗派の学者によるものなので私はあまり重要だと思っていなかったし、他の仲間たち同様、ためらいや疑いも感じた。・・・・・・
ところが、こういう注釈書の数々を見れば見るほど、聖書が神の霊感によるものだという堅い信念が読み取れることが多く、心を深く打たれるばかりだったのである。18世紀の注釈書でも、書いてあることは極めて値打ちのあることであり、また正確でもあることを見るにつけ、その印象はなおさらだった。何年も経たないうちに「無効」になり、もう出されなくなってしまう自分たちの出版物と比べずにはおれなかった。・・・・・・
どの聖句の意味を考える時でも文脈がいかに重要かがそれまで以上に分かってきたし、またこの聖書辞典作成にあたっていた仲間もそう感じていたようだった。我々はまた、聖書に出てくる言葉の理解にあたっては、ただ単に既存の見方を取り入れたり、国語辞典にとらわれたりせず、ただ聖書そのものに意味を決めさせることの必要性にも気がついた。ベテルの図書室にあるヘブライ語およびギリシャ語辞典、そして英語の訳語ではなく原語に準拠した聖書索引をそれまで以上によく使うようになった。・・・・・・常に文脈に沿い、聖書そのものに聖句の意味を決めさせる必要を素直に認めたのである。ベテルの図書室にある百年も二百年も前の注釈書がなぜ時を経ても値打ちを失わないのかも理解できた。きっちり原文に沿っていく取り組み方をすれば、文脈の意味から離れたり、原文とはかけ離れた視野の狭い解釈をしたりはできないのである。
-「良心の危機」 P.29-31。

良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤/レイモンド・フランズ
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信頼できる聖書解釈はどちらでしょうか。
多くの聖書学者の目に触れてきた注釈書ですか。それとも、「通説」に基づいて書かれたエホバの証人の出版物でしょうか。
エホバの証人がとらわれている「通説」の最たるものが、「エルサレム陥落は西暦前607年だった」というものです。
この西暦前607年を起点とした年代計算により算出される1914年に「終わりの時」が始まった、というのがエホバの証人にとって重要な教理です。
しかし、どの歴史文献を当たっても、エルサレム陥落は西暦前607年ではなく、それより20年前の西暦前587年なのです。
以下の記事をご参照ください。
「エルサレム陥落」 (JWのあとさき
http://blogs.yahoo.co.jp/ageratamu_san/17944120.html
『異邦人の時再考』 - 要旨と抄訳
http://www.jwic.info/gentim_x.htm
1914。ものみの塔の自爆。 (良心の鬼気-必要で入った背教開拓者の葛藤-
http://tokkenn.exblog.jp/8076878/