元恋人との死別

以前の記事 – 僕のJW歴 (3) で、中学時代の彼女について書いていましたが、じつはその続きがあります。
高校時代(たしか2年の秋だったと思うんですが)、その彼女から突然、電話がかかってきました。
音沙汰がなくなってからすでに2年ほど経っており、僕はただあっけにとられていたのですが、彼女が「会いたい」というので、彼女と会う約束をしました。
京阪 出町柳駅前で彼女と待ち合わせ、一緒に鴨川を歩きました。
どんな話をしたのかもよく覚えていないのですが、彼女は「もうすぐ手術を受けるんだ」と言っていました。
大人になった今では、わざわざ元彼を呼び出して打ち明けるくらいなんだから、その手術が命にかかわるくらいのものであることが想像できるというものですが、まだまだお子ちゃまだった僕にはそんな洞察力など全くなく、「ふぅ~ん、そうなんだ」と受け流しちゃいました。
僕のJW歴 (4) に書いていたように、高校に入ってからようやく「異性」というものを意識しはじめていた僕には、中学時代の彼女はあまり異性として意識していなかったせいもあるかもしれません。
これから大手術を受けようとしている彼女がどれほど切迫した状況にあるか、その当時の僕には知るよしもありませんでした・・・。
それから4年ほど経過して、僕が必要の大きな会衆に移り、ひとり暮らしを始めたものの、うつになって倒れてしまった後のことです。
中学時代の担任から突然、電話がかかってきました。
彼女が亡くなったとの知らせでした。。。
僕は「エホバの証人なので通夜・葬儀に参列できないので」と、通夜の前日に、彼女の遺体と対面させてもらいました。
初めて、彼女の額に触れました。
とても冷たかったです・・・。
彼女が生きているうちに、なぜ彼女を抱きしめてあげなかったんだろう、
キスしてあげなかったんだろう、
彼女のすべてを受け止めてあげられなかったんだろう・・・と、後悔の念がこみあげて仕方ありませんでした。
その後、担任の先生から聞かされたのですが、彼女は生まれつき脳に腫瘍があり、すでに片眼を失っていたのでした。
その腫瘍が進行していき、高校の時に大手術を受けて肥大化した腫瘍を切除しなければいけなくなったのでした。
手術は成功し、彼女は東京の音楽大学に入学したそうです。
しかし、その後も腫瘍は再発し、ついに彼女は失明してしまい、病状が悪化するにつれてひとりで歩くこともできなくなったのでした。
それでも彼女は友達に支えてもらいながら大学に通いつづけたそうです。
彼女は亡くなるまで、自分の夢をあきらめず、ひたすら前を向いて走り続け、20年の人生を完全燃焼させました。
彼女の死は、僕にとって大きな衝撃でした。
人生について、今を生きる意味について、考えさせられました。
当時まだうつだった僕は、生きる気力を失いつつありましたが、彼女が僕を励ましてくれているように思いました。
彼女の分まで僕が生きなくては・・・、
彼女を愛してあげられなかった分、将来伴侶となる人を愛してあげなくては・・・
と思いました。
「世界の中心で愛を叫ぶ」とか「恋空」とか、映画を見ると僕は彼女のことを思い出します。
映画のような甘酸っぱい思い出は、僕と彼女の間にはほとんどありません。
僕がエホバの証人でなければ、もっとたくさんの思い出を作れていたのではないかと思います。
僕から若いJW2世にアドバイスするとすれば、「若いうちに存分に恋愛せよ!」と声を大にして言いたいですね。(^^;