僕のJW歴 (5)

いろいろありましたが、商業高校をなんとか卒業しました。
高校時代の思い出はいろいろあるのですが、今の自分と特に関係あるのが
情報実習室に置いてあったWindows PCとの出会いでした。
僕が入った学科のカリキュラムでは、情報処理の授業は2年と3年に週2時間。
DOSでCOBOLをちょこちょこいじっておしまいという、なんとも時代遅れな内容でした。
僕が最初に学校のPCを触ったのは、販売実習1年目のときでした。
売り子に立つのが嫌だった僕はバックヤード(経理)を選択。
「電卓で手計算なんてありえへん!パソコンで計算できるやろ」と思った僕は、
情報実習室のPCに入ってるLotus 1-2-3で売り上げ集計をやりました。
ワープロ専用機の表計算機能しか知らなかったので、もちろん独学です。
2年目の販売実習も、やはり経理に。
「串刺し演算がやりたい!」と言うと「Excelならできるで」と教えてもらい、
普通は情報処理科の生徒しか使わないWindowsの実習室に入りました。
その後、放課後はWindows・Excelのお勉強に夢中になりました(w
当時、父が会衆で会計の仕事をしており、宗教法人会計のためにB/Sを
作らないといけないということで、Excelで月次計算表を作りました。
その後しばらくして、父と一緒に日本橋へ行き、中古PCを買いました。
Panasonicの一体型PC WOODYが69,800円でした。
それから僕はどんどんPCにのめりこんでいき、現在に至るわけです。。。(w
さて、話を戻します。
卒業と同時に、既定路線通り、正規開拓者になりました。
中学の時も、高校の時も、先生方には「大学に進学しないのか」と度々勧めていただいていたのですが
「宣教者になる」という夢に向かって一直線だった僕の耳には全然届きませんでした。。。
後に、就職活動で壁にぶつかって初めて、学歴というものの大きさに気づいたわけですが。
仕事のほうは、パートで会計事務所へ(週3日)。
JWで鍛えた度胸を生かし、近隣の会計事務所十数件へ飛び込み(^^;
小さな事務所で、のんびり仕事できる環境だったのですが、
なぜか仕事に対する欲が出てきちゃいました(^^;
当時、事務所にあったのは百数十万もするという専用機(オフコン)。
専用OS+専用ソフトだからという理由で、PCよりはるかに劣るスペックのマシンが
こんな高い値段で売られているのか!?と思いました。
(今だから分かることですが、まだ当時(1996年)はWindowsも発展途上で、
会計ソフトなど業務ソフトのWindows化はまだまだ進んでなかったんですよね・・・)
で、ご高齢の所長さんにPC導入を主張するのですが、まったく理解してもらえず、
「こりゃ話にならんわ」と思った僕は、たった1年で会計事務所を辞めちゃいます(^^;;
その後、新聞配達をしながら、車の免許を取りました。
奉仕の僕に任命されたのも、このころだったと思います。
当時は同じ会衆に若い兄弟たちがたくさんいて、たしか奉仕の僕が7,8人いたような・・・
ただ、長老の息子ということで他の若い兄弟からマークされていたのはあるかもしれません。
当時、会衆内に長老はふたりだけ。
もうひとりの長老は超ベテランの兄弟で、巡回大会でも毎回話をするような人でした。
それだけに、昔から目をかけてきた若い兄弟たちには少々甘いところがありました。
そこを鋭く突っ込んでいったのが我が父。
長老間の関係がややこしくなっていき、長老の息子である僕は非常に居心地が悪くなりました・・・
もともと義に過ぎる傾向があり、家族に対しても自分の考えを押しつける傾向のあった父に対して
反発を感じていた僕は、必要の大きな会衆へ移ろうと決心します。
移った会衆は、中学まで僕が在籍していた会衆の、隣の会衆。
いわばふるさとに戻った格好でした。