2009年01月一覧

「聖書そのものに聖句の意味を決めさせる」

エホバの証人は、「自分たちこそが聖書に忠実である。キリスト教世界は聖書の教えから逸れ、人間の伝統に従っている」と主張しています。
しかし、かつて統治体の一員であり、出版物の執筆もしてきたレイモンド・フランズは、協会の出版物が通説」にとらわれていることを指摘しています。
1988年にものみの塔協会が出版した聖書辞典「聖書に対する洞察」は、1971年にレイモンド・フランズたちが執筆した「聖書理解の助け」にわずかな修正を加えただけのものです。
その「聖書理解の助け」を執筆する過程で悟った点を、レイモンド・フランズはこう述べています。
(「聖書理解の助け」執筆の)仕事を始めたころ、ノア会長が我々に申し渡したことがあり、これが作業の基本路線となった。実は我々はその言葉を誤解していたのだが、これがまさに幸運な誤解だったと言える。ノア会長が言ったのは「単に聖書の言うところを示したいだけであるから、協会の出版物にすべてを捜し求める必要は全然ない」という言葉だった。・・・・・・我々は会長の言葉を曲解し、ものみの塔の出版物が聖書の内容を示すやり方にとらわれず、常に聖書が実際に言っていることを示すように努めねばならないのだと受け取ったのである。その結果、そうでなければできなかったような本ができあがった。(世界各国の支部事務所の者や工場の監督など)250名から送られた原稿の方はほとんど例外なく協会の出版物の「通説」によっていたので、よく調べてみると違いが明らかになってしまうことが多かった
協会副会長のフレッド・フランズは一番の聖書学者として認められていて、私も何度となく質問に行った。すると驚いたことに、聖書の注釈書を見るように言われることが多かった。「アダム・クラークかクックにどう書いてあるか見てみたら」とか、あるいは旧約聖書に関することであれば「ソンチノの注釈を見てみたら」という具合である。
ベテルの図書室にはそういった注釈書が山ほどあった。しかしそういったものは他の宗派の学者によるものなので私はあまり重要だと思っていなかったし、他の仲間たち同様、ためらいや疑いも感じた。・・・・・・
ところが、こういう注釈書の数々を見れば見るほど、聖書が神の霊感によるものだという堅い信念が読み取れることが多く、心を深く打たれるばかりだったのである。18世紀の注釈書でも、書いてあることは極めて値打ちのあることであり、また正確でもあることを見るにつけ、その印象はなおさらだった。何年も経たないうちに「無効」になり、もう出されなくなってしまう自分たちの出版物と比べずにはおれなかった。・・・・・・
どの聖句の意味を考える時でも文脈がいかに重要かがそれまで以上に分かってきたし、またこの聖書辞典作成にあたっていた仲間もそう感じていたようだった。我々はまた、聖書に出てくる言葉の理解にあたっては、ただ単に既存の見方を取り入れたり、国語辞典にとらわれたりせず、ただ聖書そのものに意味を決めさせることの必要性にも気がついた。ベテルの図書室にあるヘブライ語およびギリシャ語辞典、そして英語の訳語ではなく原語に準拠した聖書索引をそれまで以上によく使うようになった。・・・・・・常に文脈に沿い、聖書そのものに聖句の意味を決めさせる必要を素直に認めたのである。ベテルの図書室にある百年も二百年も前の注釈書がなぜ時を経ても値打ちを失わないのかも理解できた。きっちり原文に沿っていく取り組み方をすれば、文脈の意味から離れたり、原文とはかけ離れた視野の狭い解釈をしたりはできないのである。
-「良心の危機」 P.29-31。

良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤/レイモンド・フランズ
¥3,990
Amazon.co.jp

信頼できる聖書解釈はどちらでしょうか。
多くの聖書学者の目に触れてきた注釈書ですか。それとも、「通説」に基づいて書かれたエホバの証人の出版物でしょうか。
エホバの証人がとらわれている「通説」の最たるものが、「エルサレム陥落は西暦前607年だった」というものです。
この西暦前607年を起点とした年代計算により算出される1914年に「終わりの時」が始まった、というのがエホバの証人にとって重要な教理です。
しかし、どの歴史文献を当たっても、エルサレム陥落は西暦前607年ではなく、それより20年前の西暦前587年なのです。
以下の記事をご参照ください。
「エルサレム陥落」 (JWのあとさき
http://blogs.yahoo.co.jp/ageratamu_san/17944120.html
『異邦人の時再考』 - 要旨と抄訳
http://www.jwic.info/gentim_x.htm
1914。ものみの塔の自爆。 (良心の鬼気-必要で入った背教開拓者の葛藤-
http://tokkenn.exblog.jp/8076878/


神戸JW研究会 - 新約聖書と神のみ名

今日、勉強した内容です。
以下はいずれも、ものみの塔協会の出版物からの引用です。


「聖書から論じる」 P.267-268 「聖書」の項
聖書の内容が変わっていないということをどうして確信できますか
「記述の正確さを立証する古代写本の数,また原本が書かれてからそれら正確さを立証している写本が作られるまでに経過した年数という点で,聖書は古典文書[ホメロス,プラトンその他の人々の著作]を決定的に凌駕している。……聖書の場合と比べると,総じて,古典文書の写本はごくわずかである。古代の文書で,聖書ほど写本上の正確さが立証されているものはない」―「聖書―そのはじまりから」(ニューヨーク,1929年),P・マリオン・シムズ,74,76ページ,英文。
1971年に発表された,ある報告によれば,ヘブライ語聖書の全部,もしくは一部の手書き写本は多分,6,000点ほどあり,そのうち最古の写本の年代は西暦前3世紀までさかのぼります。クリスチャン・ギリシャ語聖書について言えば,ギリシャ語の写本はおよそ5,000点ほどあって,その中の最古の写本の年代は西暦2世紀初頭にまでさかのぼります。また,ほかの言語に翻訳された初期の訳本も多数あります。
フレデリック・ケニヨン卿は,自分の編さんした,「チェスター・ビーティー聖書パピルス写本」,全7巻の序文に次のように書きました。「これら[パピルス写本]の調査から得られた最初の,かつ最も重要な結論は,現存する本文が基本的に確実なものであることをそれらが確証しているという,満足のゆくものである。旧約および新約のいずれにおいても,衝撃的もしくは根本的な異読は認められない。重要な意味を持つ語句の削除や挿入はなく,大切な事実や教理に影響を及ぼす異読もない。本文の異読は,語順や細かな言葉遣いといった小さな点に影響を及ぼしている。……しかし,それらの持つ基本的に重要な価値は,これまで利用できた写本よりそれらが古いという事実によって,現存する本文の忠実性を確証していることにある」―(ロンドン,1933年),15ページ。
一部の聖書翻訳が,他のものより,原語で書かれた本文に,より厳密に従っているのは事実です。意訳を中心とする現代の聖書は,時によると原文の意味を変えることさえ行なってきました。中には,自分の信条を訳文に反映させた翻訳者もいました。しかし,このような好ましくない点は様々な聖書翻訳を比較することによって識別できます


「神のみ名」のブロシュアー P.26,27より

み名を復元すべきか

現存する写本にみ名が含まれていないという事実を考慮すると,翻訳者にはみ名を復元する権利があると言えるでしょうか。そうする権利があると言えます。ほとんどのギリシャ語辞典は,聖書中の「主」という語が多くの場合にエホバを指すことを認めています。例えば,ロビンソンの新約聖書希英辞典(A?Greek?and?English?Lexicon?of?the?New?Testament,1859年に印刷)はギリシャ語キュリオス(「主」)の項のもとでその意味を次のように説明しています。「至上者なる主また宇宙の主権者としての神。セプトゥアギンタ[訳]では普通,ヘブライ語????,エホバを表わす」。ですから,クリスチャン・ギリシャ語聖書の筆者たちがそれ以前のヘブライ語聖書から引用している箇所では,ヘブライ語原文に神のみ名の出ている部分のキュリオスという語を「エホバ」と訳す権利が翻訳者にはあります
 (中略)
正当な権威のもとに神のみ名を大胆に復元している翻訳の一つはクリスチャン・ギリシャ語聖書新世界訳です。日本語を初め,現代の11の言語で現在入手できるこの訳は,ヘブライ語聖書中の神のみ名を含む句がギリシャ語聖書に引用されているすべての箇所で神のみ名を復元しています。ギリシャ語聖書のこの翻訳では,確かな根拠に基づいて合計237回み名が出てきます。

み名に対する反対

聖書中に神のみ名を復元しようとする多くの翻訳者の努力にもかかわらず,み名を消し去ろうとする宗教的圧力も常に存在してきました。ユダヤ人は,み名を聖書にとどめてはいましたが,それを発音しようとしませんでした。西暦二,三世紀の背教したクリスチャンたちは,ギリシャ語聖書の写本の写しを作る際にみ名を取り除き,聖書の翻訳を行なった時にもみ名を省いてしまいました。


さて。
「聖書の内容が変わっていないこと」は、エホバの証人の聖書研究においても初期の段階で学びますよね。
「論じる」の本によれば、新約聖書は現存する5000点ほどの写本(最古のものは西暦2世紀初頭、つまり新約聖書が書き終えられた数十年後にさかのぼる)によって本文の忠実性が確証されている、とあります。
フレデリック・ケニヨン卿の言葉が引用されていますが、「重要な意味を持つ語句の削除や挿入はない」とあります。
ところが、「み名」のブロシュアーによれば「西暦2、3世紀の背教したクリスチャンたちが写本の写しからみ名を取り除いた」とあります。
「論じる」の記述と矛盾しますよね。「神のみ名」という「重要な意味を持つ語句の削除」はあったのでしょうか、なかったのでしょうか。
そもそも、「み名が取り除かれた」との記述は、その直前と比較しても矛盾しています。
現存する写本にみ名が含まれていないという事実」を認めているのです。
では、み名はどこから取り除かれたのでしょうか。いいえ、最初からみ名は含まれていないのです。
「み名」のブロシュアーでは、「キュリオスという語を「エホバ」と訳す権利が翻訳者にはあります」と主張していますが、その根拠は何でしょうか。
その権利の裏付けとして引用されているのが、19世紀後半に書かれた希英辞典です。
しかし、み名という「重要な意味を持つ語句の挿入」を認める権威を、写本の比較によってではなく、後世の人間が書いた辞典に求めるのはおかしくないでしょうか?
もともと、み名が含まれていない新約聖書に「エホバ」という語句を237回も挿入するのは、「論じる」にあるとおり「自分の信条を訳文に反映」させていることにならないでしょうか。
実際、様々な聖書翻訳を比較するなら、「エホバ」という語句を挿入している点で新世界訳聖書は「好ましくない点」があることが明らかになっています。
ということは、以下の聖句は新世界訳の翻訳者たちに当てはまるのではないでしょうか。
「わたしは,すべてこの巻き物の預言の言葉を聞く者に証しする。これらのことに付け加える者がいれば,神はこの巻き物に書かれている災厄をその者に加えるであろう。」-啓示22:18。
-----
エホバの証人の出版物を比較してみると矛盾が出てくる、という一例ですね。
しかも、意図的に「エホバ」を付け足していることが明らかになることによって、「エホバの証人こそが聖書に忠実である」という主張が崩れてきますね。


元恋人との死別

以前の記事 – 僕のJW歴 (3) で、中学時代の彼女について書いていましたが、じつはその続きがあります。
高校時代(たしか2年の秋だったと思うんですが)、その彼女から突然、電話がかかってきました。
音沙汰がなくなってからすでに2年ほど経っており、僕はただあっけにとられていたのですが、彼女が「会いたい」というので、彼女と会う約束をしました。
京阪 出町柳駅前で彼女と待ち合わせ、一緒に鴨川を歩きました。
どんな話をしたのかもよく覚えていないのですが、彼女は「もうすぐ手術を受けるんだ」と言っていました。
大人になった今では、わざわざ元彼を呼び出して打ち明けるくらいなんだから、その手術が命にかかわるくらいのものであることが想像できるというものですが、まだまだお子ちゃまだった僕にはそんな洞察力など全くなく、「ふぅ~ん、そうなんだ」と受け流しちゃいました。
僕のJW歴 (4) に書いていたように、高校に入ってからようやく「異性」というものを意識しはじめていた僕には、中学時代の彼女はあまり異性として意識していなかったせいもあるかもしれません。
これから大手術を受けようとしている彼女がどれほど切迫した状況にあるか、その当時の僕には知るよしもありませんでした・・・。
それから4年ほど経過して、僕が必要の大きな会衆に移り、ひとり暮らしを始めたものの、うつになって倒れてしまった後のことです。
中学時代の担任から突然、電話がかかってきました。
彼女が亡くなったとの知らせでした。。。
僕は「エホバの証人なので通夜・葬儀に参列できないので」と、通夜の前日に、彼女の遺体と対面させてもらいました。
初めて、彼女の額に触れました。
とても冷たかったです・・・。
彼女が生きているうちに、なぜ彼女を抱きしめてあげなかったんだろう、
キスしてあげなかったんだろう、
彼女のすべてを受け止めてあげられなかったんだろう・・・と、後悔の念がこみあげて仕方ありませんでした。
その後、担任の先生から聞かされたのですが、彼女は生まれつき脳に腫瘍があり、すでに片眼を失っていたのでした。
その腫瘍が進行していき、高校の時に大手術を受けて肥大化した腫瘍を切除しなければいけなくなったのでした。
手術は成功し、彼女は東京の音楽大学に入学したそうです。
しかし、その後も腫瘍は再発し、ついに彼女は失明してしまい、病状が悪化するにつれてひとりで歩くこともできなくなったのでした。
それでも彼女は友達に支えてもらいながら大学に通いつづけたそうです。
彼女は亡くなるまで、自分の夢をあきらめず、ひたすら前を向いて走り続け、20年の人生を完全燃焼させました。
彼女の死は、僕にとって大きな衝撃でした。
人生について、今を生きる意味について、考えさせられました。
当時まだうつだった僕は、生きる気力を失いつつありましたが、彼女が僕を励ましてくれているように思いました。
彼女の分まで僕が生きなくては・・・、
彼女を愛してあげられなかった分、将来伴侶となる人を愛してあげなくては・・・
と思いました。
「世界の中心で愛を叫ぶ」とか「恋空」とか、映画を見ると僕は彼女のことを思い出します。
映画のような甘酸っぱい思い出は、僕と彼女の間にはほとんどありません。
僕がエホバの証人でなければ、もっとたくさんの思い出を作れていたのではないかと思います。
僕から若いJW2世にアドバイスするとすれば、「若いうちに存分に恋愛せよ!」と声を大にして言いたいですね。(^^;


神権家族

お父さんが未信者のご家庭からしたら羨望の的かもしれませんが、神権家族には神権家族なりの悩みがあるわけで・・・。
神権家族の場合、父の役割はあまりにも多いのです。
家族と一緒に研究、奉仕・・・
会衆の仕事もあるし、長老だと牧羊訪問に出かけたりもするし(時には夜中に呼び出されることも)。
家族を養わなければいけないのに、最低限の時間しか働かないので、まともな給料を稼げません。
しかも、会衆の仕事や牧羊に追われていると「家庭がおろそかになってる!」と妻から不満を言われ・・・
父も大変だったろうと思いますが、子供ながらに「長老の子供なのに、あまり顧みてもらってない」と思ってました。。。
収入が少ないので、子供が独り立ちするときにも援助する余裕などありません。
同年代の若者で、親に援助してもらいながら開拓をしている人たちをみていると、正直言ってうらやましいと思いました。
男はまずは稼がなくちゃ・・・との思いから、マイホームパパにはなれそうもないJoelでした。


割り当てとか講演とか・・・

最近、エホバの証人だったころの記憶がどんどん薄れてきてるなぁ・・・と感じているJoelです。
自然消滅する直前、「即席の話」をしたことがあります。
神権宣教学校の冒頭、監督が「今日、第二の話をされる予定だった兄弟が急遽お休みされました。どなたか代理で話をしていただけますか」と呼びかけたので、つい手を挙げちゃいました。
ノートPCに入れてたWatchtower Libraryで資料を検索して、即席で話を作りました。
どんな話をしたのかも、さっぱり覚えていませんが・・・
演壇に立ったのは、その時がたぶん最後だったと思います。
家から家に伝道するのは苦手でしたが、演壇に立って割り当てをするのは苦じゃないほうでした。
5分(第二・第四の話)から15分(第一の話)、そして45分(公開講演)。
時間が長いほうが、話の流れを自分なりに考えられるのでおもしろいと思っていました。
でも、今から考えると、聖書から話していたのではなく、エホバの証人の出版物に頼って話してたんだろうなぁ・・・と思います。


HN「Joel」の由来

なぜ「Joel」なのか、いままで書いてませんでしたね。
旧約聖書の小預言書に「ヨエル書」があります(ヨエルは英語でJoel)。
ヨエルはユダ王国滅亡の直前、神による裁きの日について預言しました。
「いなごの大軍」による災いを予告し、イスラエル人に悔い改めるよう呼びかけます。
ヨエル書の後半は、陰うつな内容の前半とは趣が変わり、神による救いを預言しています。
「その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。」-ヨエル 2:28
この聖句は、キリストの復活後、ペンテコステの日に、集まって祈っていた120人の弟子たちに成就します。
そして現代も、主を信じるひとりひとりに、キリストは聖霊の賜物を与えてくださるのです。
「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
その方は、真理の御霊です。」-ヨハネ14:16,17。
・・・と、ここまでは聖書に関連した内容ですが、実をいうと、「Joel」というHNを思いついたきっかけは、ヨエル書というより、ビリー・ジョエル(Billy Joel)なんです。(^^;
高校時代、同級生にBilly Joelのベストアルバムを借りて以来、はまっちゃいました。
今でも大好きなアーティストのひとりです。
そういえば、某牧師さんの息子さんのお名前が「よえる」くんでした。


バプテスマから19年

ふと思い出しました。
1990年1月20日。
19年前の今日、水口の大会ホールでバプテスマを受けました。
当時、20年後の自分なんて想像できませんでした。
きっと楽園が来ているだろうと思ってましたから…
教会で改めて洗礼を受けたほうがいいのかな。
いつになるか分かりませんが…
楽園が来なくても、今は幸せです。
主の恵みに日々感謝です。

図書館で「説得」を借りてきました

説得―エホバの証人と輸血拒否事件
読むのはひさしぶりです。
ぱらぱらとめくっただけだけど、「エホバの証人」の純粋な信仰に対する共感みたいなのが感じられますね。
僕もこの本をはじめて読んだのが、たしか高校生くらいだったと思いますけど、当時は「これを読んでJWを理解してくれる人が増えればいいなぁ」みたいな印象でした。
ちなみに鈴木大くんの事件が起きた当時、僕は小学校2年生でした。
「エホバの証人」や統治体に対する見方が大きく変わったのは、やはり「良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤 」を読んでからですね。
輸血拒否を含め、「エホバの証人」の戒律がどのように形作られ、組織内に伝達されているかを知ると、いままで自分が教えられてきたものが聖書に基づいたものではなく、人間の教えであったのだと思い知らされました。
心のどこかに「何かおかしいのではないか」と感じていたわだかまりに対する裏付けが得られた、という思いでした。
今日借りてきたのは、「説得」のほかに
「無慈悲な牧者たち」
「偽りの楽園」
「エホバの証人 マインドコントロールの実態」
「子供を愛しすぎてダメにする親」
の計5冊です。


阪神大震災

あれから14年・・・。
当時、僕は高校2年生でした。
実家あたりは、たしか震度4だったんですが、今までにない激しい揺れで、とても怖かったです。
学校には行ったものの、休校になって帰りました。
TVで続々と報じられる甚大な被害に、呆然となりました。
ちょうど半年前、徳島の会衆で訪問講演があって家族で出かけた時、阪神高速神戸線を通ったんです。
その高速道路の高架が延々となぎ倒されている光景は、とてもショッキングでした。
数日後、支援物資運搬・仕分けのボランティアに出かけたのを覚えています。
今まで生きてきた中で、たいへん衝撃を受けた出来事はいくつかありますが、
大きな災害で自分も経験したことがあるのは阪神大震災くらいですね。。。
じつは、震災の翌月、祖母が亡くなりました。
何年も闘病していたので、やっと楽になれてよかっただろうとは思いましたが、やはり悲しかったです。
その後、地下鉄サリン事件(3/20)があったんですよね。
1995年は衝撃的な出来事がいくつも起こった年でした。


派遣村

香山リカのココロの万華鏡:「年越し派遣村」の教訓
http://mainichi.jp/life/today/news/20090114ddlk13070748000c.html

突然の「派遣切り」にあい、住まいまで失ってしまった人の多くは、自尊心がズタズタに傷つき、「ファイトや根性」で奮い立つエネルギーも失ってしまっている、ということだ。
 派遣村に集まった人たちのインタビューを聞いていると、もしかするとすでにうつ病の状態になっているのでは、と思われる人も何人かいた。
 こうなってしまうと、たとえ目の前で働き口の情報を見せても、「やります」と手をあげることさえできないだろう。
 派遣村は、「私なんて生きていても価値がない」というところまで自己肯定感を失った労働者に「こうなっているのはあなたのせいではない」「困難に直面しているのはあなただけではない」と伝え、彼らに傷ついた心の羽をとりあえず休める居場所を提供する、という大きな役割を果たしたのだ。
 「私にもまだできることがあるんだ」と最低限の自信を回復して、はじめて「ファイトや根性」を持つこともできるようになるのだ。
 まず、最低限の生活と医療、そして人とのつながりが保証されなければ、立ち上がろうという気力、職探しの気力も失われてしまう。

僕が教会に足を運ぶようになったのも、似たような理由です。
これまで書いてきたとおり、病に倒れ、職を失い、模範的JWとしてのプライドも将来像も失いました。
うつは長い長いトンネルのようで、いつまでたっても抜け出せないんじゃないだろうかと不安を抱えていました。
それに加えて、家庭は崩壊し、多額の負債を背負い、あまりにも多くのストレスがかかりました。
なんとか自分を奮い立たせようとしても、自分の中のエネルギーが底をついてしまい、他からエネルギーを分けてもらわないとやっていけない状態でした。
組織宗教に対する不信感はもちろんありますが、誰かに話を聞いてほしい、そばにいてほしい、一緒に聖書を開き、励ましのことばをかけてほしい、という気持ちに駆られました。
教会に行き、牧師さんと話をし、久しく感じていなかった心の安らぎが得られました。
神は、これまでの自分の歩みを見守っていてくださり、ちゃんと導いてくださっていたんだ、決して僕をお見捨てにはならなかったんだ、僕に対しても恵みを注いでくださっていたんだ、という確信を新たにすることができました。
エホバの証人から離れた人の中には、自尊心を保ち、自分の哲学と倫理観を確立し、宗教に頼る必要を感じない人ももちろんいると思います。
でも、中には僕と同じように、心細さを感じていたり、不安を抱いている人もいると思うんです。
そんな人はぜひ、いちど教会に行ってみることをお勧めします。
中には、あまり話を聞いてくれなさそうな牧師さんもいるかもしれません。それなら別の教会に行けばいいんです。
どの教会に行かなければいけないなんてありません。
どの教会にも、神と聖書を信じ、神の恵みに感謝している仲間たちがいます。
きっと神がふさわしいところに導いてくださるはずです。