僕のJW歴 (2)

小学校に入ると同時に試練が始まりました・・・
といっても、いわゆる「信仰の試練」だけではありません。
学校という共同生活にまったく適応できませんでした。
もともと長男でマイペース、空気を読むのが下手。運動も苦手。
格好のいじめの的でした。
それに、同級生の皆は「ひらがな」が大半の本を読んでいるのに対し、僕は漢字だらけの宗教書を読んでいる上に、家にはTVもファミコンも漫画もないという有様。共通の話題なんて何もない状態でした。
始業式や終業式、校歌斉唱の間は口を真一文字に閉じてじっと耐えていました。
それが「信仰の試み」だと思っていたものです。
小学校入学後、JWとしての最初の試練は、七夕集会のときでした。
先生が皆に「願い事を書いてきなさい」といって短冊を配布したのです。
悩んだあげく、僕は短冊を捨ててしまいました。
翌日、先生にそのことを告げると、先生は激怒。なんと廊下に突き飛ばされてしまいました。
いやぁ、あれはびっくりしましたね。
呆然としたまま、廊下にたたずんでいました。
今から考えると、先生もまだ若く、JWの子供なんて扱ったことがなかったんでしょうね。
まだ小学校1年生の僕の説明も、誤解を生む点が多々あったことでしょう。
振り返ってみると、小学校時代の先生方はあまりJWをご存じではなく、戸惑っておられることが多かったように思います。
そして小学校時代の思い出と言えば、やはり「むち」です。
巡回訪問で「懲らしめのむち」が強調され、その後の会衆ではむちの嵐が吹き荒れました。
僕も、何度もおしりをたたかれました。
でも不思議ですよね。
大人と同じように出版物を読んでいながら、むちのときは子供扱い。
教え諭すなんて余裕は、親にはなさそうでした。
当時、父は奉仕の僕に、母は正規開拓者になり、ふたりとも常に忙しそうでした。
ゆっくり親と向き合い、話をした記憶がありません。
そんな中で、自分の感情を抑圧し、模範的なJWの子供を「演じていた」ような気がします。
一方、学校では気分が悪くなったりすることが多く、よく保健室に行っていました。
今から考えると、小児うつの症状もあったような気がします。
さて、小学校を卒業する直前、僕はバプテスマを受けました。
JWとしてのステップを上っていくことに必死だった僕にとっては当然のことでしたが、
その後の自分の生き方にどれほどの影響を及ぼすかなんて、当時の僕にはとても
理解できませんでした。
まだ思春期にもなっていない子供。自我の自覚もまだありませんでした。
JWとして完全に洗脳され、自分が真理を信じていることに、何の疑いもありませんでした。